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中世化の危機
アルキメデスの著作の羊皮紙が何を書くために再利用されていたかは中世化が何であるかに関して象徴的であろう.
紀元前19 年にアグリッパが建設させた南フランスのニームに遺るポン・デュ・ガール(長さ370 メートル,高さ48 メートルの歩道つきの水道橋) について「ローマ帝国滅亡後の中世に生きた人々は,ローマ人が残したものであることを忘れ,これほどの建造物を人間がつくれるわけがなく,悪魔がつくったのだと信じて「悪魔橋」の通称が生まれた...」(塩野七生「ローマ人の物語VI パックス・ロマーナ」(新潮社1997) p224).
中世が暗黒時代であるという通念は迷妄であり進歩的な考え方ではないという説はこの頃ではふつうかも知れないが,「不景気の時代」である中世には当然人智が跼蹐するのは自然であり,数々の退行現象が避けられなかった.中世はまともに古代より優れているとする見方は相対主義的価値観となじむものであり到底まともな考えではない.
中世とは何か
宮崎市定の定義によれば要するに慢性的不景気の時代であり,経済規模が小さいがゆえに必然的に小さな政府の世界であり,すべて自己責任の世界である.さらに下層階級を 構造的に階層下位に固定化することで その世界を安定化する イデオロギーの信奉者に当の下層階級の成員が多い世界である. 次の対談の断片参照:
III-914
塩野: 要するに,法の精神がなくなるとどうなるのか.腕力が前面に出てくる.
池内: 自力救済の世界になってしまうわけですね.
塩野: よく言えば,自力救済ですが.
池内: しかし,大抵,自力だけでは対応できないので,宗教で補完するようにもなる.
塩野: 宗教は個人的な精神の平安を与えてくれるのであればいいのですが,人々が絶望したときの希望を与えるようになると困るなと私は思っています. パクス・ロマーナは実に簡単なことだった.紀元二世紀に,皇帝ハドリアヌスがローマ帝国全土を巡回します.文字通りの辺境の軍団基地を巡回しているのですが,驚くほど軽装で旅をしている.技術者集団だけを連れて,一個大隊にさえ警備をさせていない.
---中略---
塩野: ゲーテが,「秩序なき正義」と「秩序のある不正義」のどちらを選ぶかと問われれば,後者選ぶと言いましたが,私も同じ考えです.---中略---私は,普通の人々が安心して家を出て,旅ができるという世界を作るのが,統治者の役割だと思っています.
池内: ヨーロッパ中世というのは,沿岸部でも内陸部でもそういう安全が守られなかったんですね.
[塩野七生 x 池内恵「『パクス・ロマーナ』が壊れるとはどういうことなのか」波 2009/1, p7]
確率とはなにか,補足
Jason Rosenhouse The Monty Hall Problem, the remarkable story of math’s most contentious brain teaser (Oxford University Press 2009) の3.13節に確率の解釈についてのまとめがあり,p87に頻度説の弱点と言われているものがまとめてある.その一つを除いて反論済みか容易に反論できるものである.残っている一つは,頻度説によれば確率は有理数にしかならない,というものである.ちょっと面白いが,しかし,無理数は有理数の極限であるのだから,試行回数を無限にする極限を考えればすむことであり.こういうことが真面目に取り上げられるというのは不思議でさえある.
この本自体は確率を教えるときにいろいろと役に立つ話の種本としては使える.