和歌     

紫式部集, 和泉式部集, 古今和歌集, 後撰和歌集, 新古今和歌集, 和泉式部続集, 定家八代集抄, 玉葉和歌集, 

式子内親王集, 長秋詠藻, 拾遺愚草, 風雅和歌集, 万葉集, 兼好法師集,土屋文明諸集

805

数ならぬ心に身をば任せねど 身に随ふは心なりけり

暮れぬ間の身をば思はで 人の世の哀れを知るぞ 且は悲しき

誰か世に長らへてみむ 書き留めし跡は消せぬ形見なれども

いづくとも身をやる方の知られねば うしと見つつも長らふるかな

年暮れて我が世ふけゆく 風の音に心のうちのすさまじきかな [紫式部集より]

1052 

40 朝風にけふ驚きてかぞふれば 一夜のほどに秋は来にけり 

69 ぬる人をおこすともなき埋み火を 見つつはかなく明かす夜な夜な 

79 かぞふれば年ののこりもなかりけり 老いぬるばかりかなしきはなし 

 八月ばかりに、いとおもしろき雨の降る日 

118 うしとおもふ我がてふれねど しをれつつ雨には花のおとろふるかな 

 とほくおこなひするおとを聞きて 

120 かなしきは同じ身ながら はるかにも佛によるのこゑを聞くかな 

 きり 

136 秋ぎりにゆくへもみえず わがのれる駒さへ道の空にたちつつ 

 かり

138 物おもへば 雲みにみゆる雁がねの 耳にちかくも聞こゆなるかな 

 あやしきこと 

347 よのなかにあやしき物は いとふ身のあらじと思ふにをしきなりけり 

 人に「世のはかなきこと」などいひて 

438 いかにせんいかにかすべき 世の中をそむけばかなしすめばすみうし 

447 かなしきはこの世ひとつがうきよりも 君さへ物をおもふなりけり 

452 かくしつつかくてややまん たらちねのをしみもしけんあたら命を 

 内待のうせたるころ,雪の降りてきえぬれば 

482 などて君むなしき空にきえにけん あは雪だにもふればふる世に  [和泉式部集]

161

18 長閑にもやがてなりゆく景色かな 昨日の日影けふの春雨(院御製)(院=伏見院)

28 花おそき外山の春の朝ぼらけ かすめるほかは又いろもなし(二品法親王覚助)

29 さえかへり山風あるゝ常盤木に 降りもたまらぬ春の沫雪(前大納言為家)

91 山もとの霞のそこのうすみどりあけて柳の色になりぬる(従二位兼行) [玉葉和歌集 巻一春歌上]

166

938 早き瀬は猶もながれて 山川の岩間によどむ水ぞこほれる(権中納言公雄)

941 唯ひとへ上は氷れる川の面に ぬれぬ木の葉そ風に流るゝ(九条左大臣女)

951 今朝みれば遠山志ろし 都まで風のおくらぬ夜はのはつ雪(中務卿宗尊親王)

976 志たをれの竹の音さへたえはてぬ 余りに積る雪の日数に(民部卿為世)

977 暁につもりやまさる そともなる竹の雪をれ声つづくなり(藤原行房)

1037 年くれて我世ふけゆく 風の音に心のうちのすさまじきかな(紫式部)  [玉葉和歌集 巻六冬歌]

170

1386 契りしをよもと頼まぬ此夕べ まつとはなしに志づ心なき(掌侍遠子)

1394 今の間もいかにか思ひなりぬると 待つ宵しもぞ静心なき(朔平門院)

1408 頼めねば人やはうきと思ひなせど 今宵も遂にまた明けに鳧(永福門院)

1444 別れ路の名残の空に月はあれど 出つる人の影は止まらず(永福門院内待)

1455 嘆侘び空しく明けし空よりも 勝りてなどか今朝は悲しき(常磐井入道前太政大臣)

1456 思へども猶あやしきは 逢ふ事のなかりし昔なに思ひけむ(天暦御製)

1468 中空にひとり有明の月をみて 残る隈なく身をぞしりぬる(和泉式部) [玉葉和歌集 巻十恋歌二]

171

1578 何ごとのかはるとなしに 変り行く人の心のあはれ世の中(遊亀門院)

1590 見てしもに勝る現の思ひかな それと計りのうたゝ寝の夢(入道前太政大臣女)  [玉葉和歌集 巻十一恋歌三]

172

512 むかし思ふ草の庵のよるの雨に 涙なそへそやま時鳥

513 雨そゝぐはな立花よ 風過ぎてやま郭公雲に鳴くらむ

534 世の中を背きて見れど 秋の月同じ空にぞ猶廻りける  [藤原俊成「長秋詠藻」下]

173

1679 うき人にうしと思はれむ人もがな 思ひ知せて思知られむ(登蓮法師)

1682 はかなさはある同じ世も頼まれず 只目の前のさらぬ別れに(安嘉門院四條) [玉葉和歌集 巻十二恋歌四]

175

1728 その頃は頼まず聞きし言の葉も うき今ならば情ならまし(左大臣)

1741 せめてさらば今一たびの契ありて いはばや積る恋も恨も(従三位為子)

1748 聞もせず我もきかれじ 今は只独りひとりが世になくもがな(従三位頼政)

1771 頼むべき方もなければ 同世にあるは有るぞと思ひてぞふる(和泉式部)

1777 夕暮れの空こそ今は哀れなれ まちもまたれし時ぞと思へば(章義門院小兵衛督)

1778 折々はつらき心もみしかども 絶果つべしと思ひやはせし(関白前太政大臣)

1788 あらましの今一度を待得ても 思ひしことのえやは晴るくる(永福門院内待)  [玉葉和歌集 巻十三恋歌五]

176

1847 嬉しさも匂ひも袖にあまりけり 我がため折れる梅の初花(信生法師)

1850 梅が香はみし世の春のなごりにて 苔の袂にかすむ月かげ(中務卿宗尊親王)

1866 我はたゞ君をぞ惜しむ 風を痛み散りなむ花は又も咲きなむ(花園左大臣)

1868 春の花眺むるまゝの心にて いく程もなき世をすぐさばや(前大僧正慈鎮)

1889 年をへて花のみやこの春にあひぬ 風を心に任せてしがな(平泰時朝臣)

1891 見し世さへ忘る計に里はあれて 花も老木の春やふりぬる(法印猷圓)

1892 ふる郷の老い木の櫻きて見れば 花にむかしの春ぞのこれる(藤原基頼)

1898 住む人も宿もかはれる庭の面に みし世を残す花の色かな(諄子内親王)

1918 あらずなる浮世のはてに 時鳥争で鳴く音の変らざるらむ(建礼門院右京大夫)

2003 枯れわたる尾花がすゑの秋風に 日影もよわき野べの夕暮れ(読人志らず)

2006 夕日さす峯のときは木その色の秋ならぬしも秋は寂しき(読人志らず)

2009 今朝のまの霧より奥や時雨つる 晴行く跡の山ぞ色こき(法印仲覚)

2027 しぐれつる雪は程なく峯こえて 山の此方に残るこがらし(法印信雅)

2028 秋風と契りし人はかへりこず 葛のうら葉の霜がるゝまで(中務卿宗尊親王)  [玉葉和歌集 巻十四雑歌一]

178

2082 浦遠くならべる松の木のまより 夕日うつれる波の遠かた(従三位為子)

2087 浪の上に映る夕日の影はあれど 遠つこ島は色くれにけり(前大納言為兼)

2117 月のいる枕の山は明けそめて 軒端をわたるあかつきの雲(院御製)

2145 降りそそぐ軒端の雨の夕暮に 露こまかなるささがにの糸(前中納言資信女)

2151 月をこそ詠めなれしか 星の夜の深き哀れをこよひしりぬる(建礼門院右京大夫)

2143 音もなく夜は更けすぎて 遠近の里の犬こそ声あはすなれ(従三位為子)  [玉葉和歌集 巻十五雑歌二]

179

597 松蔭に咲ける菫は 藤の花散敷く庭と見えもする哉

602 夏も尚心はつきぬ 紫陽花のよひらの露に月も澄けり  [藤原俊成「長秋詠藻」下]

180

59 今もこれ過ぎても春の面影は 花みる道のはなの色々(初学百首、養和元年四月)

70 菖蒲草かをる軒端の夕風に 聞くここちする時鳥かな(二見浦百首、文治二年)  [藤原定家「拾遺愚草」上]

287

919 若の浦に潮満ち来れば 潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る(赤人)

922 皆人の命もわれも み吉野の瀧の常磐の常ならぬかも(赤人)

925 ぬばたまの夜の更けゆけば 久木生ふる清き川原に千鳥しば鳴く(赤人)

1042 一つ松幾代か経ぬる 吹く風の声(おと)の清きは年深みかも(市原王) [万葉集 巻第六]

295

06 夕より雲はまよはぬ月かげに 松をぞはらふ峯の木枯

15 月きよみ玉の砌の呉竹に 千代をならせる秋風ぞ吹く

24 秋の月なかばの空のなかばにて 光の上に光添ひけり

25 物ごとに秋の哀は数そひて 空ゆく月の西にすくなき

30 玉桙の道もさりあへぬ春の花 それかと紛ふ山の月影

77 嶺に吹く風に答ふる下もみぢ 一葉の音に秋ぞ聞ゆる [藤原定家「拾遺愚草下」]

297

25 夕附日むかひの山の薄紅葉まだき久しき秋の色かな

34 徒に積れば人の長き夜も月みてあかす秋ぞすくなき

35 大方の嵐も雲もすみはてゝ空のなかなる秋の夜の月 [藤原定家「拾遺愚草下」]

319

1257 道の辺の草深百合の 花咲みに咲みしがからに妻といふべしや1263 暁と夜烏鳴けどこ の山上(をか)の木末の上はいまだ静けし

1270 隠口の泊瀬の山に照る月は 盈かけしけり人の常無き

1271 遠くありて雲居に見ゆる妹が家に 早く至らむ歩め黒駒

1283 梯立の倉椅川の石(いは) の橋はも 壮子時に(をざかりに) わが渡りてし石の橋はも

1411 福のいかなる人か 黒髪の白くなるまで妹が声を聞く

1412 わが背子を何処行かめと さき竹の背向(そがひ) に寝しく今し悔しも

1415 玉梓の妹は珠かも あしひきの清き山辺に蒔けば散りぬる [万葉集 巻第七]

321

1418 石ばしる垂水の上のさ蕨の 萌え出づる春になりにけるかも(志貴皇子)

1420 沫雪かはだれに降ると見るまでに 流らへ散るは何の花ぞも(駿河釆女)

1422 うちなびく春来るらし 山の際() の遠き木末の咲き行く見れば(尾張連)

1432 わが背子が見らむ佐保道の青柳を 手折りてだにも見むよしもがも(坂上女郎)

1433 うちのぼる佐保の川原の青柳は 今は春べとなりにけるかも(坂上女郎)

1434 霜雪もいまだ過ぎねば 思はぬに春日の里に梅の花見つ(大伴宿禰三林)

1435 かはづ鳴く神名火川に 影見えて今か咲くらむ山吹の花(厚見王)

1444 山吹の咲きたる野邊のつぼすみれ この春の雨に盛りなりけり(高田女王)

1459 世間も常にしあらねば 屋戸にある櫻の花の散れる頃かも(久米女郎)

1472 霍公鳥来鳴き響もす卯の花の 共にや来しと問はましものを(石上堅魚朝臣)

1492 君が家の花橘は成りにけり 花なる時に逢は真下のを(坂上女郎)

1494 夏山の木末の繁に 霍公鳥鳴き響むなる声の遥けさ(家持) [万葉集 巻第八]

333

1755 鶯の生卵(かひご)の中に 霍公鳥独り生まれて 己(な)が父に似ては鳴かず 己が母に似ては鳴かず 卯の花の咲きたる野邊ゆ 飛びかけり来鳴き響もし 橘の花を居散らし 終日に鳴けど聞きよし 幣(まひ)はせむ 遠くな行きそ わが屋戸の花橘に 住み渡れ鳥

反歌

1756 かき霧らし雨の降る夜を 霍公鳥鳴きて行くなり あはれその鳥 [万葉集 巻第九]

334

1847 浅緑染め懸けたりと見るまでに 春の楊は萌えにけるかも

1849 山の際の雪は消ざるを 水霧らふ川の柳は萌えにけるかも

1884 冬過ぎて春し来たれば 年月は新なれども人は舊りゆく

1896 春さればしだり柳のとををにも 妹は心に乗りにけるかも

1899 春されば卯の花ぐたしわが越えし 妹が垣間は荒れにけるかも

1914 恋ひつつも今日は暮しつ 霞立つ明日の春日をいかに暮さむ

1915 わが背子に恋ひて為方(すべ)なみ春雨の降るわき知らず出でて来しかも

1923 白真弓いま春山に行く雲の 行きや別れむ恋しきものを

1925 朝戸出の君が姿をよく見ずて 長き春日を恋ひや暮さむ

1936 相思はずあるらむ児ゆゑ 玉の緒の長き春日を思ひ暮さく [万葉集 巻第十]

339

1949 霍公鳥今朝の朝明に鳴きつるは 君聞きけむか朝寝か寝けむ

1950 霍公鳥花橘の枝に居て 鳴き響むれば花は散りつつ

1952 今夜のおぼつかなきに 霍公鳥鳴くなる声の音の遥けさ

1956 大和には鳴きてか来らむ 霍公鳥汝が鳴く毎に亡き人思ほゆ

1960 物思ふと寝ねぬ朝明に 霍公鳥鳴きてさ渡る為方(すべ)なきまでに [万葉集 巻第十]

345

2141 この頃の秋の朝明けに 霧隠り妻呼ぶ雄鹿の声のさやけさ

2157 夕影に来鳴くひぐらし 幾許(ここだく) も日毎に聞けど飽かぬ声かも

2252 秋萩の咲き散る野邊の夕露に濡れつつ来ませ 夜は更けぬとも

2309 祝部(はふり) らが斎ふ社の黄葉も 標縄越えて散るといふものを [万葉集 巻第十]

346

2352 新室を踏み静む子が手玉し鳴るも 玉の如照らせる君を内にと申せ

2359 息の緒にわれは思へど人目大多みこそ 吹く風にあらばしばしば逢ふべきものを

2364 玉垂の小簾(をす) の隙(すけき) に入り通ひ来() ね たらちねの母が問はさば風と申さむ [万葉集 巻第十一]

351

2384 わが背子は幸く坐すと還り来むと われに告げ来む人も来ぬかも

2394 朝影にわが身はなりぬ 玉かぎるほのかに見えて去にし子ゆゑに

2489 橘の下に吾を立て下枝取り 成らむや君と問ひし君はも

2517 たらちねの母に障らば いたづらに汝(いまし) もわれも事成るべしや

2527 誰そこのわが屋戸に来喚ぶ たらちねの母に嘖はへ(ころはへ) 物思ふわれを

2540 振分けの髪を短み 青草を髪に綰くらむ妹をしそ思ふ

2545 誰そ彼と問はば答へむ為方(すべ) を無み 君が使を帰しつるかも

2570 かくのみし恋ひば死ぬべみ たらちねの母にも告げつ止まず通はせ [万葉集 巻第十一]

355

2627 はね蘰今する妹がうら若み 笑みみいかりみ着けし紐解く

2651 難波人葦火焚く屋の煤してあれど 己が妻こそ常めづらしき

2653 馬の音のとどともすれば 松蔭に出でてそ見つる けだし君かと [万葉集 巻第十一]

371

2692 斯くばかり恋ひつつあらずは 朝に日に妹が履むらむ地にあらましを

2760 あしひきの山澤恵具を採みに行かむ 日だにも逢はせ 母は責むとも

2769 わが背子にわが恋ふらくは 夏草の刈り除(そ)くれども生ひ及く如し

2776 道の辺の草を冬野に履み枯らし われ立ち待つと妹に告げこそ

2807 明けぬべく千鳥数鳴く 白栲の君が手枕いまだ飽かなくに [万葉集 巻第十一]

375

2855 新墾の今作る路さやかにも聞きてけるかも 妹が上のこと

2858 妹に恋ひ寝ねぬ朝に吹く風は 妹にし触ればわれさへ触れ

2866 人妻に言ふは誰が言 さ衣のこの紐解けと言ふは誰が言

2872 逢はなくも憂しと思へば いや益しに人言繁く聞え来るかも

3000 魂合はば相寝むものを 小山田の鹿猪田禁る(ししだもる)如母し守らすも

3010 佐保川の川波立たず 静けくも君に副ひて(たぐひて)明日さへもがも

3095 馬柵越しに麦食む駒の詈らゆれど なほし恋しく思ひかねつも

3149 梓弓末は知らねど愛しみ 君に副ひて(たぐひて)山道越え来ぬ

3217 荒津の海われ幣奉り斎ひてむ 早還りませ面変りせず [万葉集 巻第十二]

522

長閑にもやがて成り行くけしきかな昨日の日影けふのはるさめ(伏見院)

はるさめの降るとは空にみえねどもきけばさすがに軒の玉水(後鳥羽院宮内卿)

山のははそこともわかぬ夕ぐれに霞を出づる春の夜の月(中務卿宗尊親王)

くもりなくさやけきよりも中々にかすめる空の月をこそ思へ(権中納言定頼)

雲みだれ春の夜風の吹くなべにかすめる月ぞ猶かすみゆく(従三位親子)

夜よしとも人にはつげじ春の月梅さく宿は風にまかせて(入道前太政大臣)

花よいかに春日うらゝに世は成りて山の霞に鳥のこゑごゑ(伏見院)

おぼつかないづれの山の嶺よりか待たるゝ花の咲きはじむらむ(西行法師)  [玉葉和歌集 巻第一 春歌上]

523

年をへてかはらず匂ふ花なれど見る春ごとに珍しきかな(院中務内待)

春の夜の明けゆく空は櫻さく山の端よりぞしらみそめける(三條入道左大臣)

山もとの鳥の声より明けそめて花もむらむら色ぞみえ行く(永福門院)

あはれしばしこの時過ぎてながめばや花の軒ばの匂ふあけぼの(従三位為子)

遠かたの花のかをりもやゝみえて明くる霞の色ぞのどけき(永福門院内待)

ながめくらす色も匂ひも猶そひて夕かげまさる花の下かな(大江宗秀)

咲きみてる花のかをりの夕附日かすみてしづむ春の遠山(入道前太政大臣)

雲にうつる日影の色もうすく成りぬ花の光の夕ばえの空(藤原為顕)

日に近き庭の櫻のひと木のみかすみのこれる夕ぐれの色(九條左大臣女)

入相の声する山の陰暮れて花の木のまに月出にけり(永福門院)

山深き谷吹きのぼる春風にうきてあまぎる花の白雪(前大納言為家)

秋も猶忍ばれぬべきひかりかな花しく庭のおぼろ夜の月(式部卿親王)

我が身世にふるともなしのながめしていく春風に花のちるらむ(前中納言定家)

降りくらす雨しづかなる庭の面に散りてかたよる花の白波(前関白太政大臣)

長閑なる入相の鐘はひびきくれて音せぬ風に花ぞちりくる(前参議清雅)

年をへて春のをしさはまされども老は月日のはやくも有るかな(皇太后宮大夫俊成)

めぐりゆかば春には又も逢ふとても今日のこよひは後にしもあらじ(前大納言為兼)  [玉葉和歌集 巻第二 春歌下]

524

いつしかとかへつる花の袂かな時にうつるはならひなれども(俊成)

うすみどりまじるあふちの花みれば面影にたつ春の藤波(永福門院)

月影のもるかと見えて夏木立しげれる庭にさける卯の花(前中納言経親)

郭公空に声して卯の花の垣ねもしろく月そ出でぬる(永福門院)

ともにきく人こそかはれ時鳥今年もこぞの声に鳴くなり(常磐井入道前太政大臣)

五月まつ花のかをりに袖しめて雲はれぬ日の夕暮の雨(藤原景綱)

あやめふくかやが軒ばに風過ぎてしどろにおつる村雨の露(後鳥羽院)

あやめふく軒ばすずしき夕風に山ほととぎす近くなりけり(二條院讃岐)

五月雨は晴れぬとみゆる雲間より山の色こき夕ぐれの空(中務卿宗尊親王)

たちばなの花ちる里の庭の雨に山郭公昔をぞとふ(後京極摂政前太政大臣)

とほぢより吹きくる風の匂ひこそはな橘のしるべなりけれ(郁芳門院安藝)

かがり火の影しうつればぬば玉の夜かはのそこは水ももえけり(貫之)

出でて後まだ程もへぬ中空に影しらみぬるみじか夜の月(入道前太政大臣)

よにかくるすだれに風は吹きいれて庭しろくなる月ぞすずしき(従一位教良女)

庭のうへの水音近きうたたねに枕すずしき月をみるかな(藤原教実朝臣)

夏の夜はしづまる宿の稀にしてささぬ戸口に月ぞくまなき(従三位親子)

行きなやむ牛のあゆみにたつちりの風さへあつき夏の小車(定家)

立ちのぼりみなみのはてに雲はあれど照る日くまなき頃の大空(定家)  [玉葉和歌集 巻第三 夏歌]

530

秋あさき日影に夏はのこれども 暮るゝまがきは荻のうは風(前大僧正慈円)

夕附日さびしき影は入りはてて 風のみ残る庭の荻原(入道前太政大臣)

なびきかへる花の末より露ちりて 萩の葉白き庭の秋風(二品法親王守覚)

数々に月の光もうつりけり 有明の庭の露の玉萩(前大納言為兼)

露重る小萩が末はなびきふして 吹きかへす風に花ぞ色そふ(後嵯峨院)

しをりつる風はまがきにしづまりて 小萩がうへに雨そそぐなり(永福門院)

鳴きつくす野もせの虫のねのみして 人はおどせぬ秋の故郷(朔平門院)

よひのまの村雲づたひ 影見えて山の端めぐる秋のいなづま(伏見院) [玉葉和歌集 巻第四 秋歌上]

531

窓あけて山のはみゆる閨の内に 枕そばだて月をまつかな(信実朝臣)

思ひいれぬ人の過ぎ行く野山にも 秋は秋なる月やすむらむ(定家)

にほの海や秋の夜わたるあまを舟 月にのりてや浦つたふらむ(俊成女)

風のおとも身にしむ夜はの秋の月 更けて光りぞ猶まさりゆく(花園院)

こしかたはみな面影にうかびきぬ 行末てらせ秋の夜の月(定家)

秋そかはる 月と空とはむかしにて世々へし影をさながらぞみる(前大納言為兼)

秋の夜もわがよもいたく更けぬれば かたぶく月をよそにやはみる(頼政)

七十にあまりかなしきながめかな いるかたちかき山のはの月(西園寺入道前太政大臣)

身はかくてさすが有る世の思出に また此の秋も月をみるかな(従二位隆博)

庭しろくさえたる月もやや更けて にしの垣ねぞかげになりゆく(従二位兼行)

更けぬれどゆくともみえぬ月影の さすがに松の西になりぬる(後二条院)

しらみゆく空の光に影消えて すがたばかりぞ有明の月(朔平門院)

小倉山都の空はあけはてて たかき梢にのこる月かげ(前大納言為家)

夕暮れの庭すさまじき秋風に 桐の葉おちて村雨ぞふる(永福門院)

風にゆく峯の浮雲 跡はれて夕日にのこる秋の村雨(平時春)

朝日さす伊駒のたけはあらはれて 霧立ちこむる秋しのの里(前参議実俊)

夕附日むかひの丘のうす紅葉 まだきさびしき秋の色かな(定家)

野邊遠き尾花に風は吹きみちて さむき夕日に秋ぞ暮れ行く(従三位親子) [玉葉和歌集 巻第五 秋歌下]

557

吹く風の音に聞きつつ桜花めには見えずも過ぐる春かな(天暦御製)

思ふ程は上にしらせぬ文のうちも猶つつまれて書きぞさしぬる(従三位季子)

かくばかりつれなき人と同じ世に生まれあひけむ事さへぞうき(賀茂重保)

うき人よ我にもさらば教へなむあはれも知らぬ心づよさを(従三位為子) [玉葉和歌集 巻第九 恋歌一]

558

おとせぬがうれしき折りも有りけるよ頼みさだめて後の夕暮(永福門院)

今朝のなごりはれぬ夕のながめより今宵もさてや思ひ明かさむ(永福門院)

恋ひわびてわれとながむる夕暮れもなるれば人のかたみがほなる(定家)

常よりも涙かきくらす折りしもあれ草木をみるも雨の夕暮れ(永福門院)

なか空にひとり有明の月をみて残るくまなく身をぞしりぬる(和泉式部) [玉葉和歌集 巻第十 恋歌二]

559

さてしもは果てぬならひの哀れさのなれ行くままになほ思はるる(従三位親子)

思ふてふその言の葉よ時のまの偽りにても聞くこともがな(従三位親子)

思ひ出づることはうつつかおぼつかな見はてでさめし明暮の夢(二條院宣旨)

玉章にただひと筆とむかへどもおもふ心をとどめかねつる(永福門院)

我が身には苦しきことも知りぬれば物思ふ人のあはれなるかな(花山院御製)

よしなしと思ふ心の豫てよりあらましかばと今ぞかなしき(後深草院少将内待) [玉葉和歌集 巻第十一 恋歌三]

561

鳥の声囀りつくす春日影くらしがたみに物をこそ思へ(永福門院)

明け暮れて日頃へにけり卯の花のうき世の中にながめせしまに(読人しらず)

夕日うつる梢のいろのしぐるるに心もやがてかきくらすかな(建礼門院右京大夫)

はかなさはある同じ世も頼まれずただめのまへのさらぬ別れに(安嘉門院四條)

待たずなる幾夕暮にながめたへてつれなの身やと更にしぞ思ふ(従一位教良女) [玉葉和歌集 巻第十二 恋歌四]

562

その頃はたのまず聞きし言の葉もうき今ならば情ならまし(左大臣)

頼むべき方もなければ同じ世にあるはあるぞと思ひてぞふる(和泉式部)

とにかくに痛はまほしき世なれども君が住むにもひかれぬるかな(西行法師)

夕暮れの空こそ今はあはれなれ待ちも待たれし時ぞと思へば(章義門院小兵衛督)

折々はつらき心も見しかどもたえ果つべしと思ひやはせし(関白前太政大臣)

あらましの今ひとたびを待ち得ても思ひしことをえやは晴るくる(永福門院内待)

いきて世にありと許りはきかるとも恋ひ忍ぶとは誰か伝へむ(院御製)

今更にその夜もよほす雲の色よ忘れてただに過ぎし夕を(新院御製)

ながめつつまたばと思ふ雲の色をたが夕ぐれと君頼むらむ(定家)

夕暮れは人のうへさへ嘆かれぬ待たれし頃に思ひあはせて(和泉式部) [玉葉和歌集 巻第十三 恋歌五]

566

われはただ君をぞ惜しむ風をいたみ散りなむ花は又も咲きなむ(花園左大臣)

住む人も宿もかはれる庭の面に見し世をのこす花の色かな(諄子内親王)

物ごとにうれへにもるる色もなしすべてうき世を秋の夕暮(永福門院)

秋にそふうれへもかなしいつまでと思ふ我が身の夕ぐれの空(源具具顕朝臣)

久方の月はむかしの鏡なれやむかへばうかぶ世々の面かげ(入道前太政大臣)

われのみぞもとの身にして恋ひしのぶ見し面影はあらぬよの月(従三位為子)

ながき夜に猶あまりある思ひとや明けてもしばし虫の鳴くらむ(藤原基有)

枯れわたる尾花が末の秋風に日影もよわき野べの夕暮(読人しらず)

年くれしその営みは忘られてあらぬ様なるいそぎをぞする(西行) [玉葉和歌集 巻第十四 雑歌一]

567

3 逢坂の関ふきこゆる風のうえにゆくゑもしらずちる桜かな

33 おもひいづや軒のしのぶに霜さえて松の葉わけの月を見し夜は

81 住めばまた憂き世なりけりよそながら思ひしままの山里もがな

96 うちなびく草葉すずしく夏の日のかげろふままに風たちぬなり

131 年ふればとひこぬ人もなかりけり世のかくれがとおもふやまぢを

137 月やどる露の手枕夢さめておくての山田あきかぜぞ吹く

138 風さやぐ岡の冬草けさのまにうづもれはてて雪はふりつつ

180 冬がれは野風になびく草もなくこほる霜夜の月ぞさびしき

210 あさなあさな咲きそふ花のかげなれやのがれて入りし小野の山ざと

227 おどろかす鐘の音さへ聞きなれてながきねぶりのさむる夜もなし

254 あふ人に又さそはれてたちかへりおなじ山路の花をみるかな [「兼好法師集」]

568

浪のうへにうつる夕日の影はあれど遠つこ島は色くれにけり(為兼)

さ夜ふかき軒ばの峯に月は入りて暗き檜ばらに嵐をぞきく(永福門院)

里々の鳥の初音は聞こゆれどまだ月たかきあかつきの空(永福門院)

降りそそぐ軒端の雨の夕ぐれに露こまかなるささがにのいと(前中納言資信女)¥¥月をこそながめぬらし

か星の夜のふかきあはれを今宵知りぬる(建礼門院右京大夫)

ふりしめる雨夜のねやは静にてほのほみじかき燈の末(従三位為子) [玉葉和歌集 巻第十五 雑歌二]

578

山あらしの過ぎぬと思ふに夕暮に後れてさわぐ軒の松が枝(院御製)

入相の鐘の音こそ恋しけれけふを空しく暮れぬとおもへば(藤原隆信) [玉葉和歌集 巻第十六 雑歌三]

579

雲のうえの物思ふ春は墨染にかすむ空さへあはれなるかな(紫式部)

いづれの日いかなる山の麓にてもゆる煙とならむとすらむ(選子内親王)

先だつをあはれあはれといひいひてとまる人なき道ぞ悲しき(正三位季経)

人の世は猶ぞはかなき夕風にこぼるゝ露は又もおきけり(従三位為子)

思ひきや三とせの秋を過しきてけふ又袖に露かけむとは(従二位行子) [玉葉和歌集 巻第十七 雑歌四]

580

西へゆく月の何とて急ぐらむ山のあなたもおなじうき世を(後徳大寺左大臣)

あれば厭ふそむけば慕ふ数ならぬ身と心とのなかぞゆかしき(鴨長明)

今ぞしる我が身のみにてあるときに人を人とは思ふなりけり(大僧正行尊)

こしかたの夢現をぞわきかぬる老のねぶりの覚むるよなよな(法印公禅)

すまばやとよそに思ひしいにしえへの心には似ぬ山の奥かな(前大僧正道昭)

人も世も思へばあはれいく昔いくうつりして今になりけむ(従三位為子) [玉葉和歌集 巻第十八 雑歌五]

581

おどろかす心も外になかりけりわれとぞ夜はの夢はさめける(前僧正実伊)

あすよりはあだに月日を送らじと思ひしかどもけふも暮しつ(慶政上人)

吹く風に波のたちゐはしげけれど水より外のものにやはる(権少僧都顕俊)

むなしきをきはめ畢りてその上によを常なりと又みつるかな(前大納言為兼) [玉葉和歌集 巻第十九 釈経歌]

582

人はみな送り迎ふといそぐ夜をしめのうちにて明かしつるかな(前大納言忠良)

かしこまるしでに涙のかかるかな又いつかはと思ふあはれに(西行法師) [玉葉和歌集 巻第二十 神祇歌]

637

九重や玉しく庭に紫の袖をつらぬる千世の初春(俊成)

深くたつ霞の内にほのめきて朝日こもれる春の山の端(九條左大臣女)

出づる日の映ろふ峯は空晴れて松より下の山ぞかすめる(前中納言為相)

沈みはつる入日のきはにあらはれぬ霞める山のなほ奥の峯(前大納言為兼)

長閑なる霞の空の夕づく日かたぶく末にうすき山の端(従二位為子)

朝嵐は外の面の竹に吹きあれて山の霞も春寒きころ(永福門院)

つくづくと永き春日に鶯の同じ音をのみ聞きくらすかな(徽安門院)

梅が香は枕にみちて鶯の声よりあくる窓のしののめ(前大納言為兼)

窓あけて月の影しく手枕に梅が香あまる軒の春風(進子内親王) [風雅和歌集 巻第一 春歌上]

667

暮の秋月のすがたは足らねども光は空に満ちにけるかな(右京大夫顕輔)

風になびく尾花が末にかげろひて月遠くなる有明の庭(院御製)

さすとなき日影は軒にうつろひて木の葉にかかる庭の村雨(永福門院)

しをりつる野分はやみてしののめの雲にしたがふ秋のむらさめ(徽安門院)

吹きみだし野分にあるる朝あけの色こき雲に雨こぼるなり(院一條)

日影さへ今一しほを染めてけり時雨の跡の峯のもみぢば(後京極摂政前太政大臣)

見るままに壁に消え行く秋の日の時雨にむかふうき雲の空(進子内親王)

秋の雨にしをれておつる桐の葉は音するしもぞさびしかりける(西園寺前内大臣女)

874

山あらしにうき行く雲の一とほり日影さながら時雨ふるなり(儀子内親王)

降りすさぶ時雨の空の浮雲に見えぬ夕日の影そうつろふ(従三位盛親)

時雨れ行雲間に弱き冬の日のかげろひあへず暮るゝ空かな(前中納言為相)

うづもるゝ草木に風の音はやみて雪しづかなる夕暮の庭(前中納言重資)

霜こほる竹の葉分に月さえて庭しづかなる冬のさ夜中(今上)

吹き通す梢の風は身にしみてさゆる霜夜の星きよき空(権大納言公蔭)

霜とくる日影の庭は木の葉ぬれて朽ちにし色ぞ又かはりぬる(後伏見院中納言典侍)

吹くとだに知られぬ風は身にしみて影さへとほる霜のうへの月(儀子内親王)

鐘の音にあくるか空と起きてみれば霜夜の月ぞ庭静かなる(後伏見院)

吹きさゆる嵐のつての二声に又は聞こえぬあかつきの鐘(為兼)

鳥の声松の嵐の音もせず山しづかなる雪の夕ぐれ(永福門院)

降りおもる軒ばの松は音もせでよそなる谷に雪折のこゑ(従二位兼行)

うづもるゝ草木に風の音はやみて雪しづかなる夕暮の庭(藤原親行朝臣)

ふりつもる色より月のかげに成りて夕暮みえぬ庭の白雪(伏見院)

埋火にすこし春ある心して夜ふかき冬をなぐざむるかな(俊成)

惜しみこし花や紅葉のなごりさへ更におぼゆる年の暮かな(後鳥羽院) [風雅和歌集 巻第八 冬]

884

いづかたに有明の月のさそふらむ空にうかるゝたびの心を安嘉門院四條

我のみと夜ふかくこゆる深山路にさきだつ人の声ぞ聞ゆる 藤原朝定

分けきつる山又山はふもとにて嶺より峯の奥ぞはるけき 前大僧正道昭

  (修行し侍りけるに先達にて侍りける権僧正良宋許へ遣はしける)

目にかけて暮れぬといそぐ山本の松の夕日の色ぞすくなき 前大納言為兼

はるばると行くも止るも老いぬれば又逢ふ事をいかがとそ思ふ 従三位頼政

帰るまでえぞ待つまじき君が行く末はるかなる我が身ならねば 従三位頼政  [風雅和歌集 巻第九 旅歌]

1189

裸木に花はひそかに咲きてあり 地の上の影のゆれうごくかな 

丘の上のまばら榛の木 秋ざれてさわぐ夕べを行く人もなし  [土屋文明「ふゆくさ」]

1190

静かなる夜のやどりに 気をはりて話す幼子の声はこだます 

小工場に酸素熔接のひらめき立ち 砂町四十町夜ならむとす 

柵あり 牧舎あり 鳥なきて声はこだまに帰ることなし  [土屋文明「山谷集」]

1191 

東みなみの空に浮く雲かがやきて 東南の風は吹くかも 

午後六時煙たえたる工業地に 今日の光のてれる静まり 

くれなゐの蓮の花のふくだみてしどろになりつ 清きかがやき 

窓の上の今朝の光よ 紅にうつらむ色のはやくすぎぬる 

中空にさやかに照れる月ひとつ 光をうけし万の小竹の葉  [土屋文明「少安集」]

1192 

塔白く寺廃れ蓮華たなびけり 虚空にまがふ荷葉のかがやき 

塵洗はれ人等親しき今朝のちまた 縦横に槐の花咲きあふる 

西吹きし一日の後 つばめ飛ばず 綏遠鼓楼しづまりてたつ  [土屋文明「韮青集」]

1194

三十年心にありし冬ざれの墓山今日は春の村の上 

そこと思ふ海も海の上の島山も 月の光はただほのかにて 

川に向きま昼とざせる二階あり ああ吾住みき三十五年前 

年々に若葉にあそぶ日のありて その年々の藤なみの花 

道あり流れを渡る石の坂うへ森は夕日にかがやきたりき  [土屋文明「青南集」]

1195

朝ぎりにうかぶ塔一つまた一つ 戒も破戒もかかはりのなく 

老あはれ若きもあはれ あはれあはれ 言葉のみこそのこりたりけれ  [土屋文明「続青南集」]

1196

目の前の谷の紅葉のおそ早もさびしかりけり 命それぞれ 

同じ茂りふたたびは見ぬ木蔭ゆく 命のみこそただに長しも  [土屋文明「続々青南集」]

1197

旅行かずなり牀上に武川思ふ 最も遠き吾が足のあと 

終りましし聞きて走りし夜の道 一つ思ひ出づる草の葉もなく 

黒髪の少しまじりて 白髪のなびくが上に永久のしづまり 

終りなき時に入らむに 束の間の後前ありや 有りてかなしむ 

もみぢ葉の桜より柿に移りゆく 年々のことも思ふなかりき 

花さく草実の成る樹々に 年々の移を見しやまた見ざりしや 

亡き人の姿幼等に語らむに 聞き分くるまで吾あるらむか [土屋文明「青南後集」]

1063

 春歌下 

のこりなく散るぞめでたき桜花 ありて世の中はての憂ければ 

春ごとに花のさかりはありなめど あひ見ることは命なりけり 

花ごとの世の常ならばすぐしてし 昔はまたもかへり来なまし 

駒なめていざ見にゆかむ 故郷は雪とのみこそ花は散るらめ 

散る花を何か恨みむ 世の中にわが身もともにあらむものかは 

 山寺にまうでたりけるによめる 

やどりして春の山辺にねたる夜は 夢のうちにも花ぞちりける(貫之

 秋歌上 

 秋立つ日 うへのをのこども賀茂の川原に川逍遙しける ともにまかりてよめる 

川風の涼しくもあるか うちよする波とともにや秋は立つらむ(貫之

昨こそ早苗とりしか いつのまに稲葉そよぎて秋風の吹く  [古今和歌集]

1064

 離別歌 

 源のさねがつくしへ湯あみむとてまかりける時に 山崎にてわかれ惜しみけるところにてよめる 

いのちだに心にかなふものならば 何かわかれの悲しからまし(しろめ)  [古今和歌集]

1065

 恋歌三 

 人に逢ひてあしたによみて遣しける 

ねぬる夜の夢をはかなみまどろめば いやはかなにもなりまさるかな(業平朝臣

きみやこしわれやゆきけん おもほえず ゆめかうつつかねてかさめてか 

 恋歌四 

かれはてむ後をば知らで 夏草のふかくも人をおもほゆるかな(躬恒

 恋歌五 

月やあらぬ 春やむかしの春ならぬ わが身ひとつはもとのみにして(業平

今はとて我が身時雨にふりぬれば 言の葉さへに移ろひにける(小町

人知れず絶えなましかば わびつつもなき名ぞとだにいはましものを(伊勢)  [古今和歌集]

1066

逢ふことのもはらたえぬる時にこそ 人の恋しきこともしりけり(詠人しらず

秋風にあふたのみこそ恋しけれ 我が身むなしくなりぬと思へば(小町

 哀傷歌 

 紀友則が身まかりける時よめる 

明日知らぬ我が身と思へど 暮れぬ間の今日は人こそ悲しかりけれ(貫之

時しもあれ秋やは人の別るべき あるを見るだに悲しきものを(忠岑

 やまひして弱くなりにける時よめる 

 つひにゆく道とはかねてききしかど きのうけふとは思はざりしを(業平

 雑歌上 

 五節の舞姫を見てよめる 

天つ風雲のかよひぢ吹きとぢよ をとめの姿しばしとどめん(良岑宗貞

 女どもの見て笑ひければよめる 

かたちこそみやまがくれの朽木なれ 心は花になせばなりなむ(けんけい法師

おほかたは月をもめでじ これぞこのつもればひとの老いとなるもの(業平

 業平朝臣の母のみこ長岡に住み侍りけるとき業平みやづかへすとて時々もえまかりとぶらはず侍りければしはすばかりに母のみこのもとよりとみの事とて文をもてまうで来たり.あけて見ればことばはなくて有りける歌 

老いぬればさらぬ別れのありといへば いよよ見まくほしき君かな 

 雑歌下 

 文屋の康秀が三河のぞうに成りてあがた見にはえ出でたたじやと云ひやりける返事によめる 

侘びぬれば身をうき草の根を絶えて 誘ふ水あらばいなむとそ思ふ(小町

 女ともだちと物語して別れて後つかはしける 

あかざりし袖の中にや入りにけむ 我がたましひのなき心地する(みちのく)  [古今和歌集]

1067

 春歌中 

 年老いて後梅の花植ゑてあくる年の春おもふところありて 

植ゑしとき花見むとしも思はぬに 咲きちるみれば齢老いにける 藤原扶幹 

 春歌下 

 題しらず 

をしめども春のかぎりのけふの又夕暮れにさへなりにけるかな 

 三月のつごもりの日久しうまうでこぬよしいひてはべる文の奥にかきつけ侍りける 

またもこむ時と思へど 頼まれぬ我が身にしあれば惜しき花かな 貫之 

 (貫之かくて同じ年になむ身まかりにける)  [後撰和歌集]

1069

 夏歌 

ふた声ときくとはなしに郭公夜ふかくめをもさましつるかな 伊勢  [後撰和歌集]

1070

 秋歌中 

秋の海にうつれる月を たちかへり波はあらへど 色もかはらず 深養父  [後撰和歌集]

1073

雨やまぬ軒のたまみづ数しらず 恋しきことのまさるころかな 兼盛 

 朝顔の花まへにありけるざふしより男のあけて出で侍りつるに 

もろともにをるともなしにうちとけて見えにけるかな朝顔のはな 

 やむことなき事によりて遠き所にまかりて月ばかりになむまかり帰るべきといひてまかりくだりて道よりつかはしける 

月かへて君をば見むいひしかど日だけ隔てず恋しきものを 貫之  [後撰和歌集]

1169

5 山ふかみ春とも知らぬ松の戸に たえだえかかる雪の玉水(式子) 

23 空はなほかすみもやらず 風冴えて 雪げにくもる春の夜の月(良経) 

38 春の夜の夢の浮橋 とだえして 峯にわかるるよこぐもの空(定家) 

40 大空は梅のにほひにかすみつつ くもりもはてぬ春の夜の月(定家) 

56 浅みどり花もひとつにかすみつつ おぼろに見ゆる春の夜の月(孝標女)   [新古今和歌集 第一 春歌上]

1170

112 風かよふ寝ざめの袖の花の香に かをるまくらの春の夜の夢(俊成女) 

149 花は散りその色となくながむれば むなしき空にはるさめぞ降る(式子)  [新古今和歌集 第二 春歌下]

1171 

191 ほととぎすこゑまつほどは 片岡の森のしづくに立ちやぬれまし(紫) 

201 むかし思ふ草のいほりのよるの雨に 涙なそへそ山ほととぎす(俊成) 

202 雨そそぐ花たちばなに風すぎて やまほととぎす雲に鳴くなり(俊成) 

238 たれかまたはなたちばなにおもひ出でむ われもむかしの人となりなば(俊成) 

245 たちばなのにほふあたりのうたたねは 夢もむかしのそでの香ぞする(俊成女) 

267 庭の面はまだかはかぬに 夕立の空さりげなくすめる月かな(頼政)  [新古今和歌集 第三 夏歌]

1172 

285 神なびのみむろのやまのくずかづら うら吹きかえす秋は来にけり(家持) 

420 さむしろや待つ夜の秋の風ふけて 月をかたしく宇治の橋姫(定家)  [新古今和歌集 第四 秋歌 上]

1173

445 鳴く鹿の声に目さめてしのぶかな 見はてぬ夢の秋の思を(慈円) 

491 村雨の露もまだひぬまきの葉に霧たちのぼる秋のゆふぐれ(寂蓮) 

520 秋ふかき淡路の島の ありあけにかたぶく月をおくる浦かぜ(慈円) 

523 いつの間に紅葉しぬらむ 山ざくら昨日か花の散るをおしみし(具平親王)  [新古今和歌集 第五 秋歌 下]

1174

608 さえわびてさむる枕に影見れば 霜ふかき夜のありあけの月(俊成女) 

664 今日はもし君もや訪ふとながむれど まだ跡もなき庭の雪かな(俊成) 

693 へだてゆく世々の面影 かきくらし雪とふりぬる年の暮れかな (俊成女) 

696 思ひやれ 八十ぢの年の暮なれば いかばかりかはものは悲しき(小侍従) 

706 今日ごとに今日や限りと惜しめども 又も今年に逢ひにけるかな(俊成)  [新古今和歌集 第六 冬歌]

1175

783 ねざめする身を吹きとほす風の音を 昔は袖のよそに聞きけむ(和泉式部) 

799 命あればことしの秋も月は見つ わかれし人に逢ふよなきかな(能因)  [新古今和歌集 第八 哀傷歌]

1176

987 年たけてまた越ゆべしと思ひきや いのちなりけり さ夜の中山(西行) [新古今和歌集 第十 覊旅歌]

1177

1012 今日も又かくやいぶきのさしも草 さらばわれのみ燃えやわたらむ(和泉式部) 

1034 玉の緒よ 絶えねばたえね ながらへば忍ぶることの弱りもぞする(式子) 

1035 忘れてはうちなげかっるゆふべかな われのみ知りてすぐるつきひを(式子) 

1124 夢にても見ゆらむものを歎きつつうちぬる宵の袖のけしきは(式子) 

1136 面影のかすめる月ぞやどりける 春やむかしの袖のなみだに(俊成女) 

1149 忘れじの行末まではかたければ 今日をかぎりの命ともがな(儀同三司母) 

1262 入る方はさやかなりける月影を うはの空にも待ちし宵かな(紫) 

1320 消えわびぬ うつろふ人の秋の色に 身をこがらしの森の下露(定家) 

1404 わがみこそあらぬかとのみたどらるれ 問ふべき人に忘られしより(小町) 

1411 なげくらむ心の空に見てしかな 立つ朝霧に身をやなさまし(徽子)  [新古今和歌集 恋歌 一 - ]

1178

1497 めぐりあひて みしやそれともわかぬまに 雲がくれにし夜半の月かげ(紫) 

1535 ながめしてすぎにしかたを思ふまに 峯より峯に月はうつりぬ(覚性) 

1563 葛の葉のうらみにかへる夢の世を 忘れがたみの野べの秋風(俊成女) 

1584 老いぬとも又も逢はむと 行く年に涙の玉を手向けつるかな(俊成) 

1753 いたづらにすぎにし事やなげかれむ うけがたき身の夕暮れの空(慈円) 

1807 暮れぬめり 幾日をかくてすぎぬらむ 入相の鐘のつくづくとして(和泉)  [新古今和歌集 雑歌 上、下]

1179

1970 しづかなる暁ごとに見わたせば まだ深き夜の夢ぞ悲しき(式子)  [新古今和歌集 釈教歌]

1180

41 春の夜のやみはあやなし 梅の花色こそみえね香やはかくるる(みつね) 

42 人はいさ心も知らず ふるさとは花ぞ昔の香ににおひける(つらゆき)  [古今和歌集 第一 春歌 上]

1181 

84 久方のひかりのどけき春の日に しづ心なく花のちるらむ(とものり) 

89 桜花ちりぬる風のなごりには 水なき空になみぞたちける(つらゆき) 

97 春ごとに花のさかりはありなめど あひみん事は命なりけり 

113 花の色はうつりにけりな いたづらにわがみ世にふる ながめせしまに(こまち) 

115 あずさゆみ春の山辺をこえくれば 道もさりあへず花ぞちりける(つらゆき) 

117 やどりして春の山辺にねたる夜は 夢の内にも花ぞちりける(つらゆき)  [古今和歌集 第二 春歌 下]

1182 

169 秋きぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる(としゆき) 

170 河風のすずしくもあるか うちよする浪とともにや秋のたつらん(つらゆき) 

172 きのうこそさなへとりしか いつのまにいなばそよぎて秋風のふく 

191 白雲にはねうちかはし飛ぶかりの かずさえ見ゆる秋の夜の月 

193 月みればちぢにものこそ悲しけれ わが身ひとつの秋にはあらねど(ちさと)  [古今和歌集 第三  秋歌 上]

1183

406 あまの原ふりさけみれば 春日なるみかさの山にいでし月かも(なかまろ) 

409 ほのぼのとあかしの浦の朝霧に 島がくれゆく舟をしぞおもふ 

411 名にしおはばいざこととはむ 都鳥 わがおもふ人はありやなしやと(なりひら)  [古今和歌集 第九  覊旅歌]

1184

552 おもひつつぬればや人のみえつらむ 夢としりせばさめざらましを(こまち)  [古今和歌集 第十二  恋歌 二]

1185

645 きみやこしわれやゆきけん おもほえず ゆめかうつつかねてかさめてか 

648 さよふけて天の門わたる月かげに あかずも君をあひ見つるかな 

673 あふことは玉のをばかり 名の立つは吉野の川のたぎつせのごと  [古今和歌集 第十三  恋歌 三]

1186

747 月やあらぬ 春やむかしの春ならぬ わが身ひとつはもとのみにして(なりひら) 

772 こめやとはおもふものから ひぐらしのなく夕ぐれはたちまたれつつ  [古今和歌集 第十五  恋歌 五]

1187

838 あす知らぬ我がみと思へど くれぬまのけふは人こそかなしかりけれ(つらゆき) 

839 ときしもあれ秋やは人の別るべき あるをみるだにこひしきものを(ただみね) 

845 水の面にしづく花の色 さやかにも君がみかげの思ほゆるかな(たかむろの朝臣) 

861 つひにゆく道とはかねてききしかど きのうけふとは思はざりしを(なりひら)  [古今和歌集 第十六 哀傷歌]

1188

872 天つ風雲のかよひぢ吹きとぢよ をとめの姿しばしとどめん(よしみねのむねさだ) 

879 おほかたは月をもめでじ これぞこのつもればひとの老いとなるもの(なりひら) 

888 いにしへのしづのおだまき いやしきもよきもさかりはありしものなり 

900 老いぬればさらぬ別れのありといへば いよよ見まくほしき君かな(なりひらの母,伊登内親王)  [古今和歌集 第十七 雑歌 上]

1198 

 夏 

23 庭のままゆるゆる生ふる夏草を 分けてばかりに来む人もがな 

40 朝風にけふ驚きてかぞふれば 一夜のほどに秋は来にけり 

69 ぬる人をおこすともなき埋み火を 見つつはかなく明かす夜な夜な 

 八月ばかりに、いとおもしろき雨の降る日 

118 うしとおもふ我がてふれねど しをれつつ雨には花のおとろふるかな 

162 立ちのぼる煙につけて思ふかな いつまたわれを人のかく見ん  [和泉式部集 上]

1199

416 つれづれと今日かぞふれば 年月に昨日ぞ物は思はざりける 

753 あらざらむこの世の外の思いでに 今ひとたびのあふこともがな 

794 涙さへ出にし方を眺めつつ 心にもあらぬ月を見るかな 

873 物思へば雲居に見る雁がねも 耳に近くもきこえなるかな 

874 朝霧にゆくへも見えず わがのれる駒さへ道の空に立ちつつ  [和泉式部集 下]

1200

908 まどろめば吹きおどろかす風の音に いとど夜さむになるをこそおもへ 

916 中空にひとり有明の月を見て のこるくまなく身をぞしりける 

938 世の中は暮れゆく春の末なれや 昨日は花の盛りとか見し 

984 明け立てばむなしく空をながむれどそれぞとしるき雲だにもなし 

1005 なけやなけわがもろ声に呼子鳥 呼ばば答へて帰り来ばかり 

1009 なぐさめん方のなければ思はずに生きたりけりと知られぬるかな 

1038 人しれず耳にあはれと聞こゆるは 物思ふよひの鐘の音かな 

1040 なぐさめて光の間にもあるべきを見えては見えぬ宵のいなづま 

1047 寝ざめする身を吹きとおす風の音を 昔は耳のよそにききけん 

1269 枝ごとに花散りまがへ 今はとて春のすぎゆく道みえぬまで 

1324 かひなくはおなじ身ながら はるかにも仏によるの声をきくかな  [和泉式部続集]

1066

4 み吉野は山も霞て 白雪のふりにし里に春はきにけり(後京極摂政)

5 ほのぼのと春こそ空にきにけらし 天の香具山霞たなびく(院御製)

24 空はなほ霞もやらず 風寒えて雪げにくもる春の夜の月(後京極摂政)

50 梅が香に昔をとへば 春の月こたへぬかげぞ袖にうつれる(藤原家隆朝臣)

51 春の夜は吹きまよふ風の移り香に 木毎に梅と思ひけるかな(崇徳院御製)

53 人はいさ心もしらず 古郷は花ぞむかしの香に匂ひける(貫之)

56 独りのみながめて散りぬ梅の花 知るばかりなる人はとひこず(八条院高倉)

72 水の面にあや織りみだる春雨や 山のみどりをなべて染むらん(伊勢)

78 浅みどり空もひとつに霞みつつ おぼろに見ゆる春の夜の月(菅原孝標女)

85 かへる雁雲居遥かに成りぬなり またこん秋もとほしと思ふに(赤染衛門)

111 花の色に天霧る霞立ちまよひ 空さへにほふ山桜かな(権大納言長家)

121 はかなくて過ぎにし方を数ふれば 花にもの思ふ春ぞへにける(式子内親王)

123 春ごとに花の盛りはありなめど あひ見んことは命なりけり(よみ人しらず)

131 やどりして春の山辺に寝たる夜は 夢のうちにも花ぞ散りける(貫之)

152 いたづらに過ぐる月日は思ほえで 花みて暮らす春ぞすくなき(藤原興風)

166 花の色は昔ながらに みし人の心のみこそうつろひにけれ(元良親王)

169 桜花散りぬる風の名残には 水なき空に波ぞ立ちける(よみ人しらず)

194 惜しめども春の限りの今日の日の 夕暮れにさへなりにけるかな(業平朝臣) [定家八代集抄 春歌上下]

1071

227 折しもあれ花橘のかをるかな むかしを見つる夢の枕に(左近中将公衛)

228 たれかまた花橘に思ひいでん 我もむかしの人となりなば(皇太后宮大夫俊成)

243 過ぎぬるか夜半の寝覚の時鳥 声は枕にあるここちして(皇太后宮大夫俊成)

248 この里も夕立しけり 浅茅生の露のすがらぬ草の葉ぞなき(俊頼朝臣)

262 いつとても惜しくやはあらぬ 年月を御祓にすつる夏の暮かな(皇太后宮大夫俊成)

265 河風の涼しくもあるか 打ちよする浪とともにや秋は立つらん(紀貫之)

269 この寝ぬる夜の間に秋は来にけらし 朝けの風の昨日にも似ぬ(藤原季通朝臣)

281 秋は来ぬ歳もなかばに過ぎぬとや 荻吹く風のおどろかすらん(寂然法師)

391 川霧のふもとを籠めて立ちぬれば 空にぞ秋の山は見えける(深養父)

407 それながら昔にもあらぬ 秋風にいとどながめをしづの苧環(式子内親王)

535 夕凪にとわたる千鳥 浪間より見ゆる小島の雲に消えぬる(後徳大寺左大臣)

577 いそがれぬ年の暮こそあはれなれ 昔はよそに聞きし春かは(入道左大臣)

579 何事を待つとはなしに明け暮れて 今年も今日に成りにけるかな(権中納言国信)  [定家八代集抄 夏歌、秋歌上下、冬歌]

1072

631 笛の音のよろづ代までときこえしを 山も応ふる心地せしかな(後徳大寺左大臣)

647 明日知らぬ我が身と思へど 暮れぬ間の今日は人こそ悲しかりけれ(貫之)

665 今はただよそのことと思出でて忘るばかりの 憂きこともがな(和泉式部)

668 思ひかね昨日の空をながむれば それかと見ゆる雲だにもなし(藤原頼孝)

670 春の夜の夢のうちにも思ひきや 君なき宿を行きて見んとは(貞信公)

688 時しもあれ秋やは人の別るべき あるを見るだに恋しきものを(忠岑)

697 もろともに有明の月も見しものを いかなる闇に君迷ふらん(藤原有信朝臣)

715 山寺の入相の鐘の声ごとに 今日も暮れぬと聞くぞ悲しき(よみ人しらず)

717 あるはなくなきは数そふ世の中に あはれ何れの日まで嘆かん(小町)

727 乱れずと終わり聞くこそうれしけれ さても別れは慰まねども(寂然法師)

728 この世にてまた逢ふまじき悲しさに すすめし人ぞ心乱れし(西行法師)

741 命だに心にかなふものならばなにか別れの悲しかるべき(遊女白女)

806 君が住む宿の木末をゆくゆくと隠るるまでにかへりみしはや(菅贈太政大臣)  [定家八代集抄 賀歌、哀傷歌、別離歌、覊旅歌]

1075

843 見ずもあらず見もせぬ人の恋しくは あやなく今日や眺めくらさん(業平朝臣)

844 知る知らぬ何かあやなくわきていはん 思ひのみこそ標なりけれ(よみ人しらず)

845 あな恋し はつかに人を水の泡の 消えかへるともしらせてしがな(清慎公)

866 忘れてはうち嘆かるる夕かな 我のみ知りて過ぐる月日を(式子内親王)

890 夕暮は雲のはたてに物ぞ思ふ 天つ空なる人を恋ふとて(よみ人しらず)

914 年を経て思ふ心のしるしにぞ空もたよりの風は吹きける(藤原高光)

983 嘆余り遂に色にぞ出でぬべき いはぬを人の知らばこそあらめ(よみ人しらず)

994 つつめども隠れぬものは 夏虫の身より余れる思ひなりけり(よみ人しらず)

1037 逢ふ事を待ちし月日の程よりも 今日の暮こそひさしかりけれ(大中臣能宣朝臣)

1061 むば玉の闇の現は 定かなる夢にいくらも勝らざりけり(よみ人しらず)

1072 逢見ての後の心にくらぶれば 昔はものを思はざりけり(権中納言敦忠)

1085 たのめぬに君来やと待つ宵の間の 更けゆかでただ明けなましかば(西行法師)

1093 忘れじの行末までは難ければ 今日を限りの命ともがな(儀同三司母)

1111 今はただ思ひたへなんとばかりを 人づてならで言ふよしもがな(左京大夫道雅)

1113 なき名ぞと人には言ひてありぬべし 心の問はばいかが答へん(よみ人しらず)

1118 雲のゐる遠山鳥のよそにても ありとし聞けば侘びつつぞぬる(よみ人しらず)

1131 我がよはひ衰へゆけば 白妙の袖の馴れにし君をしぞ思ふ(よみ人しらず)

1203 よそに有りて雲居に見ゆる妹が家 早く至らん歩め黒駒(人麿)

1214 思ひつつ寝ればや人の見えつらん 夢と知りせば覚めざらましを(小町)

1215 うたた寝に恋しき人を見てしより 夢てふものはたのみ初めてき(小町)

1217 恋ひわびてうち寝る中に 行通ふ夢の直路はうつつならなん(敏行朝臣)

1222 儚しや枕定めぬうたた寝に ほのかに迷ふ夢の通路(式子内親王)

1249 偽と思ふものから 今更に誰がまことをか我はたのまん(よみ人しらず)

1251 眺めやる山辺はいとど霞つつ おぼつかなさの勝るころかな(藤原清正女)

1260 人の身も恋には代へつ 夏虫のあらはに燃ゆと見えぬばかりぞ(和泉式部)

1309 さりともと待ちし月日ぞ うつり行く心の花の色にまかせて(式子内親王)

1358 月やあらぬ春や昔の春ならぬ 我が身一つはもとの身にして(業平朝臣)

1362 天の戸をおし明け方の月見れば 憂き人しもぞ恋しかりける(よみ人しらず)

1386 あらざらんこの世の外の思出に 今一度の逢ふこともがな(和泉式部)  [定家八代集抄 恋歌1-5]

1081

1482 老いぬればさらぬ別れのありといへば いよいよ見まくほしき君かな(伊豆内親王)

1495 いにしへのしづのをだ巻 賤しきもよきも盛りは有りしものなり(よみ人知らず)

1543 侘びぬれば身をうき草のねを絶えて 誘う水あらばいなんとぞ思ふ(小町)

1588 人知れずもの思ふ事はならひにき 花に別れぬ春し無ければ(和泉式部)

1606 残りなく我が世ふけぬと思ふにも かたぶく月にすむ心かな(待賢門院堀川)

1616 めぐり逢ひて見しや それともわかぬ間に雲隠れにし夜半の月かな(紫式部)

1625 思ひきや 別れし秋にめぐり逢ひてまたも此の世の月を見んとは(皇太后宮大夫俊成)

1807 静なる暁ごとに見わたせば まだ深き夜の夢ぞ悲しき(式子内親王)

1809 冥きより冥き道にぞ入りぬべき 遥かに照らせ山の端の月(和泉式部) [定家八代集抄 雑歌上中、釈教歌]

162

173 年をへて変らず匂ふ花なれば 見る春毎にめづらしきかな(院中務内待)

186 八重匂ふ花を昔の志るべにて 見ぬ世を志たふ奈良の古郷(前大僧正範憲)

193 春の夜の明けゆく空は 桜さく山の端よりぞ白みそめける(三条入道左大臣)

196 山本の鳥の声より明けそめて 花もむらむら色ぞ見え行く(永福門院)

197 あはれ暫しこの時過ぎてながめばや 花の軒端のにほふ曙(従三位為子)

209 雲にうつる日影の色もうすくなりぬ 花の光の夕ばへの空(藤原為顕)

210 目にちかき庭の桜のひと木のみ霞みのこれる 夕ぐれの色(九条左大臣女)

240 我身世にふるともなしの詠めして 幾春風に花の散るらむ(定家)

248 降りくらす雨静かなる庭の面に 散りてかたよる花の白波(前関白太政大臣)

259 長閑なる入相の鐘は響きくれて 音せぬ風に花ぞ散りくる(前参議清雅)  [玉葉和歌集 巻二春歌下]

163

306 月影のもるかと見えて 夏木立志げれる庭に咲ける卯の花(前中納言経親) [玉葉和歌集 巻三夏歌]

164

455 秋浅き日影に夏はのこれども 暮るゝまがきは萩のうは風(前大僧正慈鎮)

499 なびきかへる花の末より露ちりて 萩の葉白き庭の秋かぜ(院御製)

500 かずかずに月の光もうつりけり ありあけの庭の露の玉萩(入道前太政大臣)

509 志をりつる風は籬に志づまりて 小萩が上に雨そゝぐなり(永福門院)

541 吹き志をり四方の草木のうら葉見えて 風に白める秋の曙(永福門院内待=裏葉の内待)

628 宵のまの村雲つたひ影見えて山の端めぐる秋のいなづま(院御製)  [玉葉和歌集 巻四秋歌上]

165

634 窓あけて山のはみゆる 閨の内に枕そばだて月をまつかな(信実朝臣)

640 雲はらふ外山の峯の秋風に まきの葉なびき出づる月かげ(従三位範宗)

681 世を祈る我がたつ杣のみねはれて 心よりすむ秋のよの月(前大僧正源恵)

687 海のはて空のかぎりも 秋の夜の月の光の内にぞありける(従二位家隆)

688 人もみぬ由なき山の末までに すむらむ月の影をこそ思へ(西行法師)

689 こしかたはみな面影にうかびきぬ 行末てらせ秋の夜の月(前中納言定家)

697 何となく過ぎこし秋の数ごとに のちみる月の哀とぞなる(前中納言定家)

700 心すむかぎりなりけり いそのかみ古き都のありあけの月(前大僧正慈鎮)

707 身はかくてさすがある世の思出に また此秋も月をみる哉(従二位隆博)

708 庭白くさえたる月もやゝ更けて 西の垣ねぞ影になりゆく(従二位兼行)

721 小倉山みやこの空はあけはてゝ たかき梢にのこる月影(前大納言為家) [玉葉和歌集 巻五秋歌下]

167

春は先づ著く見ゆるは 音羽山峰の雪より出る日の色

色つぼむ梅の木の間の夕月夜 春の光を見えそむる哉

跡絶えて幾重も霞め 長く我が世を宇治山の奥の麓に

花はいさそこはかとなく見渡せば 霞ぞかをる春の曙

儚くて過にし方を数れば 花に物思ふ春ぞへにける(以上、春)

詠れば月は絶行く 庭の面にはつかに残る蛍ばかりぞ

さらずとて暫し忍ばむ昔かは 宿しもわかでかをる橘(以上、夏)

夕霧も心の底に結びつゝ 我が身一つの秋ぞ更け行く

それながら昔にもあらぬ月影に いとど詠を賤の苧環(以上、秋)

今日迄も流石に争で過ぬらむ 有ましかばと人を云つゝ

見しことも見ぬ行末も 仮初の枕に浮ぶまぼろしの内

浮雲の風にまかする大空の 行へも知らぬ果ぞ悲しき

始なき夢を夢とも知ずして 此終にや覚果てぬべき(以上、雑)

山深み春とも知らぬ松の戸に たえだえ懸る雪の玉水

袖のうへに垣根の梅は音づれて 枕にきゆる転寝の夢

詠つる今日は昔になりぬとも 軒ばの梅よ我を忘るな

夢の内も移ろふ花に風ふけば 静心なき春のうたゝね

花は散て其色となく詠むれば 虚しき空に春雨ぞふる(以上、春)

五月雨の雲は一つに閉果てゝ ぬき乱れたる軒の玉水

かへりこぬ昔を今と思ひねの 夢の枕に匂ふたちばな(以上、夏)

荒暮す冬の空哉 かき曇りみぞれ横ぎりかぜきほひつつ(冬)

暁のゆふつけ鳥ぞあはれなる 長きねぶりを思ふ枕に(鳥)

このよには忘れぬ春のおもかげよ 朧月夜の花の光に

今朝見つる花の梢やいかならむ 春雨薫る夕暮れのそら

我宿に孰れの峯の花ならむ 堰入るゝ瀧と落てくる哉

帰るより過ぎぬる空に雲消て いかに詠めむ春の行かた(以上、春)

待ちまちて夢かうつつか 時鳥ただひとこえの曙のそら(夏)

きほひつつ先だつ露を数へても 浅茅が末を尚頼む哉

年ふれどまだ春知らぬ谷の内の 朽木の本の花を待哉(以上、雑)  [式子内親王集]

169

29 庭の面の苔路のうへに 唐錦しとねにしける常夏の花

30 いつとても惜しくやは非ぬ 年月を御禊に捨る夏の暮哉

48 夢さめむ後の世迄の思出に 語るばかりも澄める月哉

110 埋木となり果てぬれど 山桜惜む心はくちずもある哉

123 神山にひき残さるゝ葵草 時にあはでも過しつるかな  [藤原俊成「長秋詠藻」上]

183

2290 雲のうへの物思ふ春は 墨染にかすむ空さへ哀れなるかな(紫式部)

2296 散り残る花だにあるを 君がなど此春ばかり止らざりけむ(土御門内大臣)

2302 いかにいひいかにとはむと思ふまに 心も盡て春も暮にき(皇太后宮大夫俊成)

2324 孰れの日いかなる山の麓にて もゆる烟とならむとすらむ(選子内親王)

2328 先だつを哀れ哀れといひいひて とまる人なき道ぞ悲しき(従三位親子)

2371 思ひきや三とせの秋を過しきてけふ又袖に露かけむとは(従二位行子)

2376 年へてもさめずかなしき夏の夜の 夢に夢そふ秋の露けさ(従三位為子)

2422 惜むべき人は短きたまの緒に うき身ひとつの長き夜の夢(前中納言定家)  [玉葉和歌集 巻十七雑歌四]

184

58 長き日に遊ぶいとゆふ 静にて 空にぞ見ゆる花の盛りは

07 さ筵や待つ夜の秋の風ふけて 月を片敷く宇治の橋姫

18 月影は秋より奥の霜おきて 木深く見ゆる山の常盤木

12 見る夢は荻の葉風に途絶えして 思ひもあへぬ閨の月影

25 明けば又秋の半も過ぎぬべし 傾く月の惜しきのみかは

35 四方の空一つ光に磨れて ならぶ物なき秋の夜の月  [藤原定家「拾遺愚草」上花月百首 建久元年秋左大将家]

185

02 夕立のくもまの日影はれそめて 山の此方を渡る白鷺  [藤原定家「拾遺愚草」上十題百首 建久元年冬左大将家]

186

2479 稚けなし老いて弱りぬ 盛にはまぎらはしくて遂に暮しつ(高辯上人)

2480 なれみるもいつまでかはと哀なり わが世ふけゆく行末の月(従三位為子)

2493 今はとて影をかくさむ夕べにも 我をばおくれ 山のはの月(式子内親王)

2532 世の中を思ふも苦し 思はじと思ふも身には思ひなりけり(本院侍従)

2557 こし方の夢現をぞわきかぬる 老のねぶりのさむるよなよな(法印公禅)

2562 すまばやとよそに思ひし 古への心には似ぬ山のおくかな(前大僧正道昭)

2582 春の花秋の紅葉を見しともの なかばは苔のしたにくちぬる(権中納言俊忠)

2584 みし程の昔をだにも 語るべき友もなき世になりにける哉(藤原則俊朝臣)

2586 思出る昔は遠くなりはてゝ まつ方近き身をいかにせむ(二條院参河内待)

2595 われさりて後に忍ばむ人なくば 飛びて帰りね たか島の石(高辯上人)

2597 こし方を一夜のほどゝみる夢は さめてぞ遠き昔なりける(藤原秀茂)  [玉葉和歌集 巻十八雑歌五]

187

5 山の端を出づる朝日の霞むより 春の光は世に満ちにけり(後西園寺入道前太政大臣)

23 深く立つ霞のうちにほのめきて 朝日籠れるはるのやまの端(九條左大臣女)

24 出づる日の移ろふ峯は空晴れて 松よりしたの山ぞ霞める(前中納言為相)

27 沈み果つる入日のきはにあらはれぬ 霞める山の猶奥の山(前大納言為兼)

28 長閑なるかすみの空のゆふづく日 傾ぶく末に薄き山の端(従二位為子)

42 つくづくと永き春日に 鶯の同じ音をのみ聞きくらすかな(徽安門院)

50 春の色は花とも言はじ 霞よりこぼれて匂ふうぐひすの声(後京極摂政前太政大臣)

52 梅の花にほふ春べの朝戸あけに いつしか聞きつ鶯のこゑ(藤原為基朝臣)  [風雅和歌集 巻一春歌上]

188

87 はつかなる柳の糸の浅みどり 乱れぬほどの春かぜぞ吹く(権大納言公宗母)

104 見るまゝに軒の雫はまされども 音には立てぬ庭のはる雨(従三位親子)

120 春日影世は長閑にて それとなく囀りかはす鳥のこえごえ(儀子内親王)

189 花の上に志ばし移ろふ夕附日 入るともなしに影きえに鳧(永福門院)  [風雅和歌集 巻二春歌中]

189

224 梢よりよこぎる花を吹きたてゝ 山本わたる春のゆふかぜ(従二位為子)

238 つくづくと雨ふる庭のにはたづみ 散りて波よる花の泡沫(前中納言静雅)

239 吹きよする風にまかせて 池水の汀にあまる花の志らなみ(藤原為顕)

248 雨しぼるやよひの山の木がくれに 残るともなき花の色哉(後伏見院御歌)

284 春もはやあらしの末に吹きよせて 岩根の苔に花ぞ残れる(進子内親王)  [風雅和歌集 巻三春歌下]

191

336 樗さく梢に雨はやゝはれて 軒のあやめにのこるたまみづ(前大納言経親)

362 大井河鵜船はそれとみえわかで 山もと廻るかがり火の影(中務卿宗尊親王)

368 水鶏鳴く森一むらは木ぐらくて 月に晴たる野べの遠方(前大納言実明女)

372 茂りあふ庭の梢を吹き分けて 風に洩りくる月のすずしさ(前関白右大臣)

381 月や出づる星の光の変るかな 涼しきかぜの夕やみのそら(伏見院御歌)

382 すずみつる数多の宿も静まりて夜更けて白き道のべの月(伏見院御歌)

383 星多み晴たる空は色濃くて 吹くとしもなき風ぞ涼しき(従二位為子)

393 山ふかみ雪消えなばと思ひしに 又道絶ゆるやどの夏ぐさ(如願法師)

401 降りよわる雨を残して風はやみ よそになり行く夕立の雲(徽安門院小宰相)

402 夕立の雲吹きおくるおひ風に 木末のつゆぞまた雨と降る(宣光門院新右衛門督)

406 降るほどは志ばしとだえて 村雨の過ぐる梢の蝉のもろ声(藤原為守女)  [風雅和歌集 巻四夏歌]

192

461 更けぬなり 星合の空に月は入りて 秋風動く庭のともし火(太上天皇)

468 真萩散る庭の秋風身にしみて 夕日の影ぞかべに消え行く(永福門院)

474 庭の面に夕べの風は吹きみちて 高き薄のすゑぞみだるゝ(伏見院御歌)

477 招きやむ尾花が末も静にて 風吹きとまるくれぞさびしき(従三位親子)  [風雅和歌集 巻五秋歌上]

194

529 雲遠き夕日の跡の山際に 行くとも見えぬかりのひとつら(院御製)

538 窓白き寝覚の月の入りがたに こゑもさやかに渡る雁がね(徽安門院一條)

563 稲づまの暫しもとめぬ光にも 草葉のつゆの数は見えけり(藤原為秀朝臣)

572 吹分くる竹のあなたに月みえて 籬は暗きあきかぜのおと(祝子内親王)  [風雅和歌集 巻六秋歌中]

195 『梁塵秘抄』を自らの手で編集したことにも窺えるように、自分から進んで実践するという点が、これまでの天皇と違うところであった。そこからこの時代にこれまでにはない新たな文化の芽が生まれたのである。 [五味文彦「藤原定家の時代中世文化の空間」(岩波新書、1991p171]

196

635 一志きり嵐は過ぎて 桐の葉の志づかに落つる夕ぐれの庭(照訓門院権大納言)

670 朝霧の晴れ行く遠の山もとに もみぢまじれる竹の一むら(前大納言実明女)

714 月も見ず風も音せぬ窓のうちに あきをおくりてむかふ燈(後伏見院御歌)  [風雅和歌集 巻七秋歌下]

197

774 鐘の音にあくるか空とおきて見れば 霜夜の月ぞ庭静なる(後伏見院御歌)

775 有明の月と霜との色のうちに 覚えず空もしらみ初めぬる(左近中将忠季)

776 吹き冴ゆる嵐のつての二声に 又はきこえぬあかつきの鐘(前大納言為兼)

826 降りおもる軒端の松は音もせで よそなる谷に雪をれの声(従二位兼行)

841 うづもるゝ草木に風の音はやみて 雪志づかなる夕暮の庭(前中納言重資)  [風雅和歌集 巻八冬歌]

198

896 逢坂の関は明けぬと出でぬれど 道猶くらしすぎの下かげ(藤原頼成)

899 我のみと夜深く越ゆる深山路に さきだつ人の声ぞ聞ゆる(藤原朝定) [風雅和歌集 巻九旅歌]

203

1029 嬉しとも一かたにやは詠めらるゝ まつ夜に向かふ夕暮の空(永福門院)

1030 頼まじと思ふ心はこゝろにて 暮れ行く空のまた急がるゝ(院冷泉)

1031 必ずとさしも頼めぬ夕暮を 我れ待ちかねて我ぞかなしき(従三位親子)

1036 暮にけり 天とぶ雲の往来にも 今夜いかにと伝へてしがな(永福門院)

1068 今日の雨晴るゝも侘し降るも憂し 障習ひし人を待つとて(永福門院内待)

1076 空しくて明けつる夜半の怠を 今日やと待つに又音もなし(進子内親王)

1077 何となく今夜さへこそ待たれけれ 逢はぬ昨日の心習ひに(永福門院)  [風雅和歌集 巻十一恋歌二]

208

1052 我も人も哀れ難面なき夜な夜なよ 頼めもやまず待ちも弱らず(永福門院)

1067 此のくれの心も知らで 徒によそにもあるか我が思ふ人(永福門院)

1087 あかざりし暗の現を限にて 又も見ざらむゆめぞはかなき(安嘉門院四條)

1123 人は行き霧はまがきに立ち止り さも中空にながめつる哉(和泉式部)

1131 なるゝまゝの哀れに遂にひかれ来て厭ひ難くそ今はなりぬる(永福門院)

1154 憂きも契つらきも契 よしさらば皆哀れにや思ひなさまし(永福門院)  [風雅和歌集 巻十一恋歌二、巻十二恋歌三]

212

1227 今しもあれ人の詠もかゝらじを 消ゆるも惜しき雲の一村(永福門院)

1228 それをだに思ひさまさじ 恋しさの進むまゝなる夕暮の空(伏見院御歌)

1229 寝られねば唯つくづくと物を思ふ 心にかはる燈火のいろ(伏見院新宰相)

1233 恋しさも人のつらさも知らざりし 昔乍らの我身ともがな(従二位為子)

1248 とはぬ間を忘れずながら程ふるや 遠ざかるべき始なる覧(式部卿恒明親王) [風雅和歌集 巻十三恋歌四]

213

1378 鳥の行く夕の空よ その夜には我もいそぎし方はさだめき(伏見院御歌)[風雅和歌集 巻十四恋歌五]

214

1411 世々経てもあかぬ色香はのこりけり 春や昔の宿の梅が枝(前大僧正範憲)

1415 軒近き梅の匂ひも深き夜の ねやもる月にかをるはるかぜ(平久時)

1422 志らみ行く霞の上の横雲に ありあけほそき山の端のそら(九條左大臣女) [風雅和歌集 巻十五雑歌上]

223

1477 春と云へば昔だにこそかすみしか 老の袂にやどる月かげ(源高國)

1478 おぼろにも昔の影はなかりけり 年たけて見る春の夜の月(従二位家隆)

1482 影うつす松も木高き春の池に みなそこかけてにほふ藤波(山本入道前太政大臣) [風雅和歌集 巻十五雑歌上]

225

1498 橘のかをり涼しく風立ちて のきばにはるゝゆふぐれの雨(従二位兼行女)

1508 村雨は晴行くあとの山陰に 露ふきおとすかぜのすずしさ(読人しらず)

1510 更けにけり また転寝に見る月の影も簾にとほくなりゆく(儀子内親王)

1539 寂しさは軒端の荻の音よりも 桐の葉おつるにはの秋かぜ(平英時)

1589 さえ透る霜夜の空の更くるまゝに 氷り静まる月の色かな(前権僧正尊什)

1607 老となる数は我身にとどまりて 早くも過ぐる年の暮かな(前権僧正静伊)

1608 身の上に積る月日も徒らに 老のかずそふとしのくれかな(前権僧正雲雅) [風雅和歌集 巻十五雑歌上]

227

1613 暁やまだ深からし 松のうれにわかるともなきみねの白雲(藤原為基朝臣)

1615 時ははや暁近くなりぬなり まれなる星のそらぞしづけき(左近中将忠季)

1616 西の空はまだ星見えて有 明の影よりしらむ遠のやまの端(今上御歌) 1617 白み増る空の緑は薄く見えて 明け残る星の数ぞ消え行く(院一條)

1622 聞き聞かず同じ響きも乱るなり 嵐のうちのあかつきの鐘(進子内親王)

1632 風すさぶ竹のさ枝の夕づく日 うつり定めぬ影ぞさびしき(前大納言実明女)

1633 もりうつる谷にひとすじ日影見えて 峯も麓も松の夕風(前大納言為兼)

1638 見渡せば雲間の日影うつろひて むらむらかはる山の色かな(中務卿宗尊親王)

1639 夕日さすみねは緑の薄く見えて 陰なる山ぞ分きて色こき(龍安門院)

1642 山の端の色ある雲にまづ過ぎて 入日の跡の空ぞしづけき(院一條)

1656 かくしてぞ昨日も暮れし 山の端の入日のあとに鐘の声々(永福門院)

1660 つくづくと独聞く夜の雨の音は 降りをやむさへさびしかり鳧(儀子内親王)

1688 雨晴れて色濃き山の裾野より離れてのぼる雲ぞまぢかき(永福門院内待) [風雅和歌集 巻十六雑歌中]

228

1817 入るたびに又は出でじと思ふ身の 何ゆゑいそぐ都なるらむ(前大僧正道玄)

1873 山深く身を隠しても 世の中を遁れ果てぬはこゝろなりけり(藤原宗秀)

1904 今になりむかしに帰り思ふ間に 寝覚の鐘も声盡きぬなり(永福門院内待)

1975 人の世は久しと云ふも 一時の夢のうちにてさも程もなき(従二位為子)

2029 こゝのめぐり春は昔にかはり来て 面影かすむ今日の夕暮(高辯上人) [風雅和歌集 巻十七雑歌下]

229

9363 影ひたす水さへ色ぞ緑なる 四方の梢の同じ若葉に [藤原定家「拾遺愚草」上歌合百首 建久四年秋]

242

8 熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな(額田王)

15 わたつみの豊旗雲に入日見し 今夜の月夜さやに照りこそ(中大兄)

16 冬ごもり春さり来れば 鳴かざりし鳥も来鳴きぬ 咲かざりし花も咲けれど

山を茂み入りても取らず 草深み取りても見ず

秋山の木の葉を見ては 黄葉をは取りてそしのふ 青きをば置きてそ嘆く そこし恨めし

秋山われは(額田王)

17 うまざけ三輪の山

 あをによし奈良の山の 山の際にい隠るまで 道の隈い積るまでに

 つばらにも見つつ行かむを しばしばも 見放けむ山を

 情なく雲の隠さふべしや(額田王)

18 三輪山をしかも隠すか 雲だにも情あらなも 隠さふべしや(額田王)

29 玉襷畝火の山の 橿原の日知の御代ゆ

 生れましし神のことごと 樛の木のいやつぎつぎに 天の下知らしめししを

 天にみつ大和を置きてあをによし奈良山を越え

 いかさまに思ほしめせか 天離る夷にはあれど

 石走る淡海の國の 楽浪(さざなみ) の大津の宮に

 天の下知らしめしけむ 天皇の神の尊の

 大宮は此処と聞けども 大殿は此処と言へども

 春草の繁く生ひたる 霞立ち春日の霧れるももしきの大宮処

 見れば悲しも(柿本人麿) [万葉集 巻第一]

252

49 日並皇子の命の 馬並めて御猟立たしし時は来向ふ(柿本人麿)

63 いざ子ども早く大和へ 大伴の御津の濱松待ち恋ひぬらむ(山上憶良) [万葉集 巻第一]

253

85 君が行き日長くなりぬ 山たづね迎へか行かむ待ちにか待たむ(盤姫皇后)

95 われはもや安見児得たり 皆人の得難にすとふ安見児得たり(鎌足)

105 わが背子を大和へ遣ると さ夜深けて暁露にわが立ち濡れし(大伯皇女)

106 二人行けど行き過ぎ難き秋山を いかにか君が独り越ゆらむ(大伯皇女)

107 あしひきの山のしづくに 妹待つとわれ立ち濡れぬ 山のしづくに(大津皇子)

108 吾を待つと君が濡れけむ あしひきの山のしづくに成らましものを(石川郎女郎)

115 後れ居て恋ひつつあらずは追ひ及かむ 道の阿廻(くまみ)に標結へわが背(但馬皇女)

116 人言を繁み言痛み 己が世に未だ渡らぬ朝川渡る(但馬皇女) [万葉集 巻第二]

257

131 石見の海角の浦廻を 浦なしと人こそ見らめ 潟なしと人こそ見らめ よしゑやし 浦は無くとも  よしゑやし 潟は無くとも 鯨魚とり海辺を指して 和田津の荒磯の上に か青なる玉藻沖つ藻 朝羽振る風こそ寄せめ 夕羽振る浪こそ来寄せ 浪のむた か寄りかく寄る 玉藻なす寄り寝し妹を 露霜の置きてし来れば この道の八十隈毎に 萬たびかへりみすれど いや遠に里は放かりぬ いや高に山も越え来ぬ 夏草の思ひ萎えて 偲ふらむ妹が門見む 靡けこの山(柿本人麿)

132 石見のや高角山の木の際よりわが振る袖を妹見つらむか(柿本人麿)

140 な思ひと君は言ねども 逢はむ時何時と知りてかわが恋ひざらむ(依羅(よさみ) 娘子) [万葉集 巻第二]

261

141 磐代の濱松が枝を引き結び 真幸くあらばまた還り見む(有馬皇子)

143 磐代の岸の松が枝 結びけむ人は帰りてまた見けむかも(長忌寸意吉麿)

149 人はよし思ひ止むとも 玉鬘影に見えつつ忘らえぬかも(倭大后)

152 鯨魚取り淡海の海を 沖放けて漕ぎ来る船 辺附きて漕ぎ来る船

沖つ櫂いたくな撥ねそ 辺つ櫂いたくな撥ねそ 若草の夫の思ふ鳥立つ(天智皇后)

163 神風の伊勢の國にもあらましを なにしか来けむ 君もあらなくに(大来皇女)

164 うつそみの人にあるわれや 明日よりは二上山を弟世とわが見む(大来皇女) [万葉集 巻第二]

267

207 天飛ぶや 軽の路は 吾妹子が 里にしあれば ねもころに 見まく欲しけど 止まず行かば 人目を多み 数多く(まねく)行かば 人知りぬべみ 狭根葛 後も逢はむと 大船の 思ひ憑みて(たのみて) 玉かぎる 磐垣淵の 隠りのみ 恋ひつつあるに 渡る日の 暮れ行くが如 照る月の 雲隠る如 沖つ藻の 靡きし妹は 黄葉の 過ぎて去にきと 玉梓の 使の言へば 梓弓 声に(音に)聞きて 言はむ術 為むすべ知らに 声のみを 聞きてあり得ねば わが恋ふる 千重の一重も 慰むる 情もありやと 吾妹子が 止まず出で見し 軽の市に わが立ち聞けば 玉襷 畝傍の山に 鳴く鳥の 声も聞こえず 玉桙の 道行く人も 一人だに 似てし行かねば すべをなみ 妹が名喚びて 袖そ振りつる

208 秋山の黄葉を茂み迷(まと)ひぬる妹を求めて山道知らずも

209 黄葉の散りゆくなべに玉梓の使を見れば逢ひし日思ほゆ(人麿) [万葉集 巻第二]

271

337 憶良らは今は罷らむ子泣くらむ そを負ふ母も吾を待つらむそ(憶良)

418 ももづたふ磐余の池に鳴く鴨を 今日のみ見てや雲隠りなむ(大津皇子)

446 吾妹子が見し鞆の浦のむろの木は 常世にあれど見し人そなき(大伴旅人)

450 往くさには二人わが見しこの崎を 独り過ぐればこころ悲しも(大伴旅人)

452 妹として二人作りしわが山斎(しま)は 木高く繁くなりにけるかも(大伴旅人)

455 かくのみにありけるものを 萩の花咲きてありやと問ひし君はも(余明軍)

470 かくのみにありけるものを 妹もわれも千歳のごとく憑みたりける(家持) [万葉集 巻第三]

272

488 君待つとわが恋ひをれば わが屋戸のすだれ動かし秋の風吹く(額田王)

489 風をだに恋ふるは羨し 風をだに来むとし待たば何か嘆かむ(鏡王女)

494 吾妹子を相知らしめし人をこそ 恋のまされば恨めしみ思へ(田部忌寸櫟子)

559 事も無く生き来しものを 老なみにかかる恋にもわれは会へるかも(大伴百代) [万葉集 巻第四]

276

51 去年もさぞ唯転寝の手枕に はかなく帰る春の夜の夢(春)

54 日はおそし心はいざや 時わかで春か秋かの入相の鐘

59 風通ふ花のかがみはくもりつゝ 春をぞわたる庭の飛び石

72 行きなやむ牛の歩みに立つ塵の 風さへ暑き夏の小車(夏) [藤原定家「拾遺愚草」中韻歌百二十八首 建久七年九月十八日内大臣家]

277

79 大空は梅の匂にかすみつゝ 曇りもはてぬ春の夜の月(春十二首)

85 春の夜の夢の浮き橋 とだえして 峯にわかるゝ横雲の空 [藤原定家「拾遺愚草」中仁和寺宮五十首 建久五年夏]

283

601 情ゆも吾は思はざりき 山河も隔たらなくにかく恋ひむとは(笠女郎)

607 皆人の寝よとの鐘は打つなれど 君をし思へば寝ねかてぬかも(同上)

608 相思はぬ人を思ふは 大寺の餓鬼の後に額づくがごと(同上)

610 近くあれば見ずともありしを いや遠に君が座さばありかつましじ(同上)

612 なかなかに黙もあらましを 何すとか相見そめけむ遂げざらまくに(家持)

626 君により言の繁きを 古郷の明日香の川に潔身しにゆく(八代女王) [万葉集 巻第四]

284

50 秋をへて昔は遠き大空に 我が身ひとつのもとの月影(秋)

68 仰げどもこたへぬ空の青緑 空しくはてぬ行末もがな(雑) [藤原定家「拾遺愚草」中院五十首 建仁元年春]

285

702 夕闇は路たづたづし 月待ちて行かせわが背子 その間にも見む(大宅女)

730 逢はむ夜は何時もあらむを 何すとかかの夕あひて言の繁きも(大伴坂上女郎) [万葉集 巻第四]

286

799 大野山霧立ちわたる わが嘆く息嘯(おきそ)の風に霧立ちわたる(憶良)

802 瓜食めば子ども思ほゆ 栗食めばまして偲はゆ 何処より来りしものそ 眼交にもとな懸りて 安眠し

寝さぬ(憶良)

803 銀も金も玉も何せむに 勝れる宝子に及かめやも(憶良)

822 わが園に梅の花散る ひさかたの天より雪の流れ来るかも(大伴旅人)

839 春の野に霧立ち渡り降る雪と 人の見るまで梅の花散る(筑前目田氏真上)

844 妹が家に雪かも降ると見るまでに ここだも乱ふ梅の花かも(小野氏國堅)

887 たらちしの母が目見ずて鬱しく(おぼぼしく) 何方向きてが吾が別るらむ(憶良)888 常知らぬ道の

長手を くれくれと如何にか行かむ糧米(かりて)は無しに

890 出でて行きし日を数へつつ 今日今日と吾を待たすらむ父母らはも

893 世間を憂しとやさしと思へども 飛び立ちかねつ鳥にしあらねば

907 布施置きてわれは乞ひ祷む あざむかず直に率去ゆきて天路知らしめ(作者未詳) [万葉集 巻第五]

332

1606 君待つとわが恋ひをれば わが屋戸の簾動かし秋の風吹く(額田王)

1607 風をだに恋ふるはともし 風をだに来むとし待たば何か嘆かむ(鏡女王) [万葉集 巻第八]

533

散りしけるははその紅葉 それをさへとめじとはらふ森の下風(従二位隆博)

しぐれつる空は雪げにさえなりて はげしくかはるよもの木がらし(永陽門院少将)

寂しさはやどのならひを このはしく霜のうへともながめつるかな(式子内親王)

葉がへせぬ色しもさびし 冬深き霜の朝けの岡のへのまつ(従三位為子)

ただひとへ上はこほれる川の面に ぬれぬ木の葉ぞ風にながるる(九條左大臣女)

夜もすがら里はしぐれて 横雲のわかるる嶺にみゆるしら雪(前参議実俊)

したをれの竹の音さへたえはてぬ 余りにつもる雪の日数に(民部卿為世)

暁につもりやまさる 外面なる竹の雪をれ声つづくなり(藤原行房)

かきくらす軒端の空にかず見えて 眺めもあへず落つるしら雪(定家)

ふる雪の雨になりゆく したぎえに音こそまされ軒の玉水(前大納言為家)

ほしきよき夜半のうす雪 空晴れて吹きとほす風を梢にぞきく〔伏見院)

雲を出でてわれにともなふ冬の月 風や身にしむ雪やつめたき(高辯上人)

月影は森のこずゑにかたぶきて うす雪しろし有明の庭(永福門院)

立ちまじり袖つらねしも昔かな 豊のあかりの雲のうへ人(従二位兼行)

焼きすさぶ霜夜の庭火 影ふけて雲居にすめる朝倉のこゑ(大蔵卿隆教)

春秋のすてて別れし空よりも 身にそふ年の暮ぞかなしき(前大納言為家)

としくれて遠ざかり行く春しもぞ 一夜ばかりにへだてきにける〔常磐井入道前太政大臣)

ゆく月日河の水にもあらなくに 流るるごともいぬる年かな(貫之)

過ぎぬれば我が身の老となるものを 何ゆゑあすの春を待つらむ(京極前関白家肥後)

年暮るるけふの雪げのうすぐもり あすの霞やさきだちぬらむ〔伏見院) [玉葉和歌集 巻第六 冬歌]

555

ゆふ園の日影のかづらかざしもてたのしくもあるか豊のあかりの(俊成) [玉葉和歌集 巻第七 賀歌]

556

悔しきは由なく君に馴れそめていとふ都の忍ばれぬべき(西行法師)

我のみと思ふ山路の夕ぐれにさきだつ雲もあともさだめず(法印覚寛) [玉葉和歌集 巻第八 旅歌]

638

はつかなる柳の糸の浅緑乱れぬほどの春風ぞふく(権大納言公宗母)

見るままに軒の雫はまされども音にはたてぬ庭の春雨(従三位親子)

眺めやる山は霞みて夕暮の軒端の空にそそぐ春雨(従二位兼行)

晴れゆくか雲と霞のひま見えて雨吹きはらふ暮の夕風(徽安門院)

何となく庭の梢は霞ふけて入るかた晴るる山のはの月(永福門院)

花の上にしばし映ろふ夕づく日入るともなしに影消えにけり(永福門院)

つくづくとかすみて曇る春の日の花静かなる宿の夕暮(従三位親子)

吹くとなき霞のしたの春風に花の香ふかき宿の夕暮(前大納言家雅)  [風雅和歌集 巻第二 春歌中]

639

年ふれて帰らぬ色は春ごとに花に染めてし心なりけり(崇徳院)

けふも猶ちらで心に残りけりなれし昨日の花のおもかげ(後光明照院前関白左大臣)

春の心のどけしとても何かせむ絶えて櫻のなき世なりせば(慈鎮)

老が身は後の春とも頼まねば花もわが世も惜しまざらめや(後西園寺入道前太上大臣)

梢よりよこぎる花を吹きたてて山本わたる春の夕風(従二位為子)

吹きわたる暮の嵐は一はらひ天ぎる花にかすむ山もと(徽安門院)

長らへむ物ともしらで老が世に今年も花の散るを見るらむ(正三位知家)

ちり残る花落ちすさぶ夕暮れの山の端うすき春雨の空(永福門院内待)

つくづくと雨ふる郷のにはたづみ散りて浪よる花の泡沫(前中納言清雅)

梢より落ちくる花ものどかにて霞ぞおもき入相の声(院御製)

瀧津瀬や岩もと白くよる花は流るとすれど又帰るなり(永福門院)  [風雅和歌集 巻第三 春歌下]

640

年を経ておなじなく音を時鳥何かは忍ぶなにか待たるゝ(徽安門院)

樗さく梢に雨はやゝはれて軒のあやめにのこるたま水(前大納言経親)

月影に鵜舟のかがりさしかへて暁やみの夜川こぐなり(民部卿為藤)

大井河鵜ぶねはそれと見えわかで山本めぐる篝火のかげ(中務卿宗尊親王)

水鶏なく森一むらは木暗くて月に晴れたる野べの遠方(前大納言実明女)

雨はるゝ軒のしづくに影みえてあやめにすがる夏の夜の月(後京極摂政太政大臣)

茂りあふ庭の梢を吹きわけて風にもりくる月のすずしさ(前関白右大臣)

月や出づる星の光のかはるかな涼しき風の夕やみのそら(伏見院)

涼みつるあまたの宿もしづまりて夜更けてしろき道のべの月(伏見院)

星おほみはれたる空は色こくて吹くとしもなき風ぞ涼しき(従二位為子)

山深み雪きえなばと思ひしに又道たゆるやどの夏ぐさ(如顕法師)

ふりよわる雨を残して風はやみよそになり行く夕立の空(徽安門院小宰相)

夕立の雲吹きおくる追風に木ずゑの露ぞ又雨とふる(宣光門院新右衛門督)

蝉の声は風にみだれて吹きかへす楢のひろ葉に雨かかるなり(二品法親王尊胤)

空晴れて梢色こき月の夜の風におどろく蝉のひとこゑ(院御歌)

日の影は竹より西にへだたりて夕風すずし庭の草むら(祝子内親王)  [風雅和歌集 巻第四 夏歌]

665

おちそむる桐の一葉の声のうちに秋の哀れを聞きはじめぬる(入道二品親王法守)

色うすき夕日の山に秋みえて梢によわる日ぐらしの声(従三位客子)

むら雀声する竹にうつる日の影こそ秋の色になりぬれ(永福門院)

更けぬなり星合の空に月は入りて秋風動く庭のともし火(太上天皇)

真萩ちる庭の秋風身にしみて夕日の影ぞかべに消え行く(永福門院)

まねくとも頼むべしやは花すすき風邪にしたがふ心なりけり(源重之女)

光そふ草葉のうへに数見えて月をまちける露の色かな(藤原重顕) [風雅和歌集 巻第五 秋歌上]

666

庭のむしは鳴きとまりぬる雨の夜の壁に音するきりぎりすかな(為兼)

夕やみにみえぬ雲まもあらはれてときどきてらす宵の稲妻(従三位実名)

月をまつくらき籬の花のうへに露をあらはす宵の稲妻(徽安門院) [風雅和歌集 巻第六 秋歌中]

809

山あらしにうき行く雲の一とほり日影さながら時雨ふるなり(儀子内親王)

降りすさぶ時雨の空の浮雲に見えぬ夕日の影ぞうつろふ(従三位盛近)

時雨れ行く雲間に弱き冬の日のかげろひあへず暮るゝ空かな(前中納言為相)

吹くとだに知られぬ風は身にしみて影さへとほる霜のうへの月(儀子内親王)

鳥の声松の嵐の音もせず山しづかなる雪の夕ぐれ(永福門院)

うづもるる草木に風の音はやみて雪しづかなる夕暮の庭(前中納言重資)

ふりつもる色より月のかげに成りて夕暮みえぬ庭の白雪(伏見院御製) [風雅和歌集 巻第八 冬歌]

1193

わが為に照れる月夜と見るまでに 庭芝草の露にぬれつつ 

いさよひの月のさし来るその山を 恋ふとし言ふもほのかなるもの 

この山を月夜すがらに思ひ寝ねき あかとき影にまざまざと見ゆ 

わが今朝の朝風はやし 君が窓の初秋風を思ひこそやれ  [土屋文明「自流泉」]